« 再開 | トップページ | 多元的「国分寺」研究の再開 »

2021年2月22日 (月)

「国分寺」の分析(工事中)

1:伽藍の中軸線の方位
    東偏:九州王朝時代で6世紀末以前 
    正方位:九州王朝時代で6世紀末以後
         近畿王朝時代で中央権力が関与したもの
    西偏:九州王朝時代だが地方権力が作ったもの
        近畿王朝時代の新造だが地方権力が作ったもの
 2:伽藍の構造
   古式伽藍(塔が回廊の内):九州王朝時代の国府寺の塔を七重に改造した。
   新式伽藍(塔が回廊の外):
         九州王朝時代の古式伽藍の塔を回廊の外に移し七重にしたもの。
         近畿王朝時代の新造のもの。
  ※古式伽藍の特徴は、塔が回廊の内 以外に
          中門と南門の距離が狭い(古式だとこの間に塔がないため) もある。

 3:出土瓦 服部さんの研究に依拠する
    素弁蓮華文軒丸瓦が出土:6世紀末から7世紀初頭以前。
    単弁蓮華文軒丸瓦が出土:7世紀中頃
    複弁蓮華文軒丸瓦が出土:7世紀末から8世紀。

 4:国府からの距離
    国府近傍にあるもの:国府寺:国府近傍で国庁のすぐ近く。両者は一体。
    国府から遠いもの:
         もともと国府の近くの国分寺であったが国府が後に移動した。
         国府寺とは別に近畿王朝下で国府から離れた「清浄の地」に新造した。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【〇〇国分寺】

1:伽藍の中軸線の方位

2:伽藍の構造

3:出土瓦 服部さんの研究に依拠する

4:国府からの距離

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

川瀬さんの提示した4つの基準で,66か所の「国分寺」を分析してみよう。

【筑前国分寺】

1:伽藍の中軸線の方位・・・東偏2度なので,九州王朝時代で6世紀末以前

2:伽藍の構造・・・古式伽藍(塔が回廊の内):九州王朝時代の国府寺の塔を七重に改造した。

3:出土瓦 服部さんの研究に依拠する・・・素弁蓮華文軒丸瓦が出土:6世紀末から7世紀初頭以前。

4:国府からの距離・・・1キロ以内で近い

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【豊後国分寺】

1:伽藍の中軸線の方位・・・正方位:九州王朝時代で6世紀末以後
         近畿王朝時代で中央権力が関与したものか?

2:伽藍の構造・・・古式伽藍(塔が回廊の内)

3:出土瓦 服部さんの研究に依拠する・・・単弁・複弁・複式素弁?

4:国府からの距離・・・国府から遠いもの:5キロ
         もともと国府の近くの国分寺であったが国府が後に移動した。
         国府寺とは別に近畿王朝下で国府から離れた「清浄の地」に新造した。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【「薩摩国分寺」の精査(川瀬さん)】

1:創建期:6世紀末以前  飛鳥寺式伽藍 素弁八葉蓮華文軒丸瓦
2:再建期1:7世紀中頃  観世音寺式伽藍 単弁蓮華文軒丸瓦
        西金堂→金堂に 金堂→講堂に  東金堂→解体して8.6m四方の塔に
  ※その後金堂が何らかの理由で建て直される
    礎石建物→掘立柱建物(仮堂ではないか?)
  ※その後瓦は複弁軒丸瓦に改装。
3:再再建期:8世紀中頃か 大官大寺式伽藍に改造。
        金堂→解体  講堂→金堂に改造。 僧房→講堂に改造。
  

※この時8.6m四方の塔を改造しようとしたか?
     塔基壇の周囲に残る大きな柱穴=改造のための足場跡?・・・これが大官大寺式への改造の時期を聖武詔以後とした理由。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【〇〇国分寺】

1:伽藍の中軸線の方位

2:伽藍の構造

3:出土瓦 服部さんの研究に依拠する

4:国府からの距離

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【〇〇国分寺】

1:伽藍の中軸線の方位

2:伽藍の構造

3:出土瓦 服部さんの研究に依拠する

4:国府からの距離

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【〇〇国分寺】

1:伽藍の中軸線の方位

2:伽藍の構造

3:出土瓦 服部さんの研究拠する

4:国府からの距離

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【〇〇国分寺】

1:伽藍の中軸線の方位

2:伽藍の構造

3:出土瓦 服部さんの研究に依拠する

4:国府からの距離

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【〇〇国分寺】

1:伽藍の中軸線の方位

2:伽藍の構造

3:出土瓦 服部さんの研究に依拠する

4:国府からの距離

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【〇〇国分寺】

1:伽藍の中軸線の方位

2:伽藍の構造

3:出土瓦 服部さんの研究に依拠する

4:国府からの距離

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【〇〇国分寺】

1:伽藍の中軸線の方位

2:伽藍の構造

3:出土瓦 服部さんの研究に依拠する

4:国府からの距離

« 再開 | トップページ | 多元的「国分寺」研究の再開 »

古田史学」カテゴリの記事

コメント

肥沼さんへ

 なんで一度にいくつもの国分寺を分析しようとするのか。
 そんなに簡単ではない。
 
 どう進めるか。筑前国分寺で考えてみよう。
1:伽藍の中軸線の方位・・・東偏2度なので,九州王朝時代で6世紀末以前
2:伽藍の構造・・・古式伽藍(塔が回廊の内):九州王朝時代の国府寺の塔を七重に改造した。
3:出土瓦 服部さんの研究に依拠する・・・素弁蓮華文軒丸瓦が出土:6世紀末から7世紀初頭以前。
4:国府からの距離・・・1キロ以内で近い
 総合的にみると、6世紀末以前の九州王朝東偏時代の国府寺(古式伽藍)の塔を拡大して七重塔にした可能性大。

A:この結論に至るそれぞれの要素を、「新修国分寺の研究」などの書籍でまず精査。
 1:伽藍は東偏2度。ではすぐそばにある国府の方位はどうなのかなど周辺との関係を明らかにする。
 2:伽藍のそれぞれの建物に改造の痕跡はあるのか? 痕跡があればどういうものでここから何がわかるか。
 3:出土瓦の種類と出土状況。素弁・単弁・複弁・その他。それぞれの画像と出土地点など(建物毎の出土状況など)の確認。
 4:国府からの距離。正確な数値と国府の条坊や道との位置関係などの確認。
  この四つがわかると、伽藍の変遷の様相が推理できる。
B:奈良文化財研究所のデータベースのデータと手に入れば発掘報告書を使って上の4つの要素を再検証。

 この二つの作業を詳しくやって、先の総合判定でよかったのかどうか結論をつける。

C:そして最後に国分尼寺について1から4についてできる限りABの作業をする。

 ということだと思います。
 一つの国分寺に結構時間がかかりますよ。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 再開 | トップページ | 多元的「国分寺」研究の再開 »

2021年4月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  
無料ブログはココログ

最近のトラックバック