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2019年10月 5日 (土)

香川県の官衙遺跡 10/5

(1)金蔵寺下所(奈良~平安)・・・正方位&ほぼ正方位・8Eの東偏(斜線)・大きく西偏の3種類があると考えた。

建物データの年代が空欄で先後関係は不明。

Img_4775

【遺構平面図】と建物データ

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(2)川北(7世紀後半~8世紀代)・・・多くが東偏建物なので,それと直交する中心建物の方位は西編。

Img_4774

【遺構変遷図】と建物データ

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(3)買田岡下(平安前)・・・全体に西偏が多く,建物データに唯一掲載の片廂SB20もその1つ。

Img_4773

掘立柱建物跡配置図】と建物データ

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これで香川県の〈官衙遺跡〉はおしまいです。

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コメント

(1)金蔵寺下所(奈良~平安)
「正方位&ほぼ正方位・8Eの東偏(斜線)・大きく西偏の3種類がある」との判断は正しい。
 先後関係は遺跡図の柱穴の切りあいでみるしかない。
 正方位のSB08が大きく西偏のSB09の柱穴を切っているので、 大きな西偏⇒正方位。
 同じく西側の正方位群の建物が、東側にある大きな西偏建物群に伴う方形の区画溝を切ってつくられていることからも、 大きな西偏⇒正方位の変遷は確実。

 東偏8°の建物と正方位の建物との先後関係は、東偏8度のSB05と正方位のSB04(建物データは逆になっている)の重なっている建物が柱穴を切りあっていないので、不明。

 正方位の建物群の年代はいつだろうか。奈良時代から平安時代の遺跡とのことだから、近畿王朝時代の奈良時代、すなわち8世紀なのだろうか。
 
(2)川北(7世紀後半~8世紀代)
 「多くが東偏建物なので」との認識が間違いだと思います。建物データを確認しましたが、肥沼さんがEとした建物は全部Wだと思います。建物データを書き間違えて、一棟ずつ方位を見たので東偏建物と間違ったのではないですか。
 そうではなく「全部の建物が真北より少し西寄りの同じ方角を向いているので」です。だからこれに直交する主殿があると考えて、建物群全体の方位は西偏(もちろん主殿は西偏)。
 結論は同じですが、そこに至る過程に問題があります。
 建物群が出現しているのですあから、群全体の方位を考えてください。建物一棟ずつを見てしまうと混乱する。

(3)買田岡下(平安前)
 SB20の年代は9世紀中葉。50年遡って8世紀末から9世紀初頭。平安時代前期。西偏22°。
 この建物の西側の1区は確かに同じく同じ方位の西偏だが、この建物の東側には、西偏の度合いの少ない建物とほぼ正方位に近い建物もある。
 このほぼ正方位に近い建物は奈良時代、8世紀近畿王朝時代と考えて良いのではないか。

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