« 2019年2月 | トップページ | 2019年4月 »

2019年3月

2019年3月31日 (日)

茨城県の〈官衙遺跡〉3/31

(1)横内(9世紀)・・・西偏

【遺構配置図】と【建物データがE】

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(2)扇ノ台(奈良・平安)・・・西・正方位・東の混在

【遺構変遷図】と【建物データがいろいろ】

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(3)田村・沖宿遺跡群(9世紀初頭~10世紀前半)・・・長峰・・・西庇と東庇のため東偏と西偏の両方

                            石橋北・・・東庇のため西偏

【遺構平面図】

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(4)鹿の子C(9世紀前半)・・・ほぼ正方位(少し西偏のものも)

【遺構配置図】

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(5)常陸国府(7世紀末葉~10世紀後半)・・・正方位

【遺構変遷図】

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(6)峯崎(8世紀中~10世紀初め)・・・一番多いのは西偏,正方位や東偏もあり

【建物跡の方向別分布図】

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(7)長者屋敷(縄文~平安)・・・東庇なので,西偏

【遺構配置図】

 

2019年3月30日 (土)

茨城県の〈官衙遺跡〉3/30

(1)アラヤ(8世紀~9世紀後半)・・・西偏

【遺構配置図】と【建物データ】

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(2)大串(正倉・8世紀半ば~9世紀前半)・・・西偏→正方位か

【変遷図】

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(3)白石(8世紀~10世紀)・・・西庇があるので東偏と考えたが,建物データは西偏が多数

【遺跡全体図】と【建物データ】

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(4)台渡里官衙(7世紀~11世紀初め)・・・東偏

【遺構配置図(政庁)】

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(5)堀(8世紀後半~9世紀)・・・西偏

【遺構図】と【建物データ】

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(6)長者山官衙(8世紀前葉~9世紀前葉)・・・西→正方位→東か

【遺構配置図】と【遺構変遷図】

 

 

 

2019年3月29日 (金)

茨城県の〈寺院遺跡〉の集計 3/29

6世紀半ば・・・

6世紀後半・・・

7世紀前半・・・

7世紀半ば・・・

7世紀後半・・・梶内(正方位),台渡里廃寺(西),茨城廃寺(西2度),結城廃寺(正方位),

  新治廃寺&新治郡衙(西5度)

8世紀・・・梶内(西),常陸国分寺(正方位),下り松(ほぼ正方位),大津廃寺(西),寺上(東),

  ヤツノ上(東),九重東岡廃寺(東),柴崎(わずかに東),下大井(西),幸田台(東),松山廃寺(東),

  山尾権現山廃寺(東)

9世紀以降・・・梶内(西,10世紀東・西),寺畑(東→西),長峯(東),根鹿北(東)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

泉前(8世紀ごろヵ)~方位不明

常陸国分尼寺(?)~東5度

2019年3月28日 (木)

茨城県の〈寺院遺跡〉 3/28

(1)新治廃寺(7世紀第4四半期~)・・・正方位

【建物配置図】

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(2)幸田台(8世紀~10世紀)・・・西偏

【寺院関連遺構】と建物データ

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(3)松山廃寺(8世紀後半以降~)・・・西偏

【遺構平面図】

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(4)山尾権現山廃寺(8世紀前後)・・・東偏

【全体図】

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

これで茨城県の〈寺院遺跡〉はおしまいです。

次回は集計を出します。

 

2019年3月27日 (水)

茨城県の〈寺院遺跡〉 3/27

(1)大津廃寺(8世紀初め)・・・西偏


【全体図】と建物データ


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


(2) 寺上(8世紀~10世紀)・・・西偏


【C3区平面図】と建物データ


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


(3)ヤツノ上(8世紀後葉~9世紀後葉)・・・西偏


【遺構平面図】


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


(4)九重東岡廃寺(8世紀前葉~9世紀後葉)・・・ ほぼ正方位


【変遷図Ⅱ期】と建物データ


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


(5)柴崎(8世紀前半)・・・ほぼ正方位


【遺構配置図】


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


(6)下大井(8世紀後葉~9世紀後葉)・・・西偏


【遺構図】と建物データ


 


 

2019年3月26日 (火)

茨城県の〈寺院遺跡〉 3/26

(1)茨城廃寺(7世紀第4四半期~10世紀代)・・・西偏→ほぼ正方位→西偏・東偏

【遺構変遷図】

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(2)常陸国分寺(8世紀中頃~)・・・正方位

【地割想定図】

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(3)常陸国分尼寺(?)・・・金堂は東偏。回廊も東偏の形。東偏→正方位への改修

【遺構配置図】

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(4)下り松(8世紀前半~11世紀)・・・西偏

【遺構全体図】

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(5)結城廃寺(古代は7世紀末葉~10世紀に遭う)・・・西偏→正方位

【伽藍配置図】

2019年3月25日 (月)

茨城県の〈寺院遺跡〉3/25

(1)梶内(6世紀末~10世紀)・・・建物データをみたところ.西・正方位→西→東か
【遺構全体図】
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(2)台渡里廃寺(7世紀後半~9世紀半ば)・・・中心軸が北西ー南東なので東偏
【観音山地区建物配置】
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(3)泉前(8世紀ころヵ)・・・四面庇の向きから,西偏
【遺構図】
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(4)寺畑(9世紀)・・・四面庇が2棟あり,東偏か西偏か迷うところ
【遺構図】
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(5)長峯(9世紀初頭~10世紀初頭)・・・四面庇の向きから,東偏
【遺構図】
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(6)根鹿北(平安時代)・・・中心建物群の向きで,東偏
【掘立柱建物配置図】

2019年3月24日 (日)

栃木県の〈官衙遺跡〉の集計 3/24

6世紀半ば・・・辻の内(東),西赤堀(東)
6世紀後半・・・
7世紀前半・・・砂部(西)
7世紀半ば・・・多功南原(集落)(西),多功南原(居宅)(西)
7世紀後半・・・西下谷田(東側が正方位,西側が東偏),千駄塚浅間(西→東),
  上神主・茂原官衙(東→西→正方位),那須官衙(東・ほぼ正方位も多い)
8世紀・・・国府野(東中心),下野国府(国庁はわずかに西,国司館は西,介館は東),中村(東),
  堀越(東),森後(?),長者ヶ原(正方位),多功(近畿の正方位),北ノ内(ほぼ正方位)
9世紀~・・・上芝(東),磯岡(正方位),星ノ宮ケチカ(東)
次は,茨城県に行きます。

栃木県の〈官衙遺跡〉3/23

(1)北ノ内(8世紀~10世紀後半)・・・西偏
【遺構変遷図(2次調査)】
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(2)砂部(古墳時代~10世紀)・・・東偏・西偏
【Ⅰ区全体図】
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(3)那須官衙(梅曽)(7世紀末~10世紀)・・・西偏
【遺跡全体図(8世紀代)】と【遺跡全体図(9世紀以降)】
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
これで,栃木県の〈官衙遺跡〉はおしまいです。
次回は,集計をしてみます。

2019年3月22日 (金)

栃木県の〈官衙遺跡〉 3/22

(1)上神主・茂原官衙(7世紀後葉~9世紀前半頃)・・・基本は正方位
【変遷図(2015年)】を使用しました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(2)多功(8世紀中葉~後葉)・・・西偏
【遺構分布図】
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(3) 多功南原(集落)(7世紀中葉,8世紀前葉~10世紀)・・・全体として西偏
【遺跡分布図】
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(4) 多功南原(居宅)(7世紀中葉~8世紀前半)・・・東庇なので,西偏
【遺跡分布図ⅩⅠ区】
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(5)西赤堀(6世紀前半~11世紀前半)・・・東偏
【遺構配置図】
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(6) 星の宮ケチカ(平安時代)・・・東偏
【遺構配置全体図】


2019年3月20日 (水)

栃木県の〈官衙遺跡〉 3/21

川瀬さんへ
しばらく図面が載せられません。
なので,使用した図面の名前を書くことにしました。
よろしくお願いします。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(1)千駄塚浅間(7世紀~10世紀)・・・東偏も混じるが,第4調査区の東庇は西偏
【遺構配置図1】
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  
(2)中村(8世紀中葉~11世紀中頃)・・・西偏
【遺構変遷図】
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(3)堀越(奈良~平安時代)・・・三面庇から東偏
【遺構図】
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(4)森後(8世紀後半~9世紀前半)・・・西偏
【遺跡全体図】
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(5)長者ヶ平(8世紀~9世紀)・・・西偏が主
【政庁変遷図】
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(6)上芝(9世紀半ば以前)・・・西庇から東偏
【遺構変遷図】
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(7)磯岡(いろいろ)・・・9世紀中葉の磯岡遺跡ならほぼ正方位
【磯岡遺跡と道路状遺構】


栃木県の〈官衙遺跡〉 3/19

(1) 辻の内(辻の内・柿の内(古墳時代後期以降)・・・東偏

 

 

 

Up1

 

Photo_6 

 

(2) 西下谷田7世紀第Ⅲ四半期後半~8世紀第Ⅱ四半期)・・・Ⅰ期は,西偏と正方位,

 

Ⅱ期は東偏と正方位

 

 

 

Photo_7

 

 

 

Photo_8

 

 

 

(3) 国府野(奈良~平安)・・・東偏中心

 

 

 

Photo_9

 

 

 

(4) 下野国府(8世紀前半~10世紀前半)・・・正方位→やや東偏→やや西偏→正方位か

 

 

 

Photo_11

 

2019年3月18日 (月)

栃木県の〈寺院遺跡〉の集計 3/18

6世紀半ば・・・
 
6世紀後半・・・
 
7世紀前半・・・
 
7世紀半ば・・・
 
7世紀後半・・・ 大内廃寺(東),下野薬師寺(正方位,下層に東偏)
 
8世紀・・・下野国分寺(ほぼ正方位),下野国分尼寺(正方位),新海(やや西,ほぼ正方位)
 
9世紀~・・・常見(東),東林北(西),堂平(西)

栃木県の〈寺院遺跡〉 3/18

(1) 新開(奈良~平安)・・・やや西偏だが,ほぼ正方位
Photo_3
(2) 東林北(9世紀後半ヵ)・・・西偏

Photo_4

(3) 堂平(9世紀ヵ)・・・西偏

Photo_5

これで栃木県の〈寺院遺跡〉はおしまいです。
集計は,〈官衙遺跡〉と一緒にします。

2019年3月17日 (日)

神奈川県内の武蔵国の〈官衙遺跡〉の集計 3/17

失礼しました。
集計を抜かしてしまいました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
6世紀半ば・・・
 
6世紀後半・・・
 
7世紀前半・・・
 
7世紀半ば・・・
 
7世紀後半・・・ 上郷猿田(東),長者原(東→のちに西?),橘樹郡衙跡(東)
 
8世紀・・・ 橘樹郡衙跡(ほぼ正方位・九州王朝)
 
9世紀~・・・橘樹郡衙跡(ほぼ正方位・近畿王朝),神隠丸山(東)

2019年3月16日 (土)

栃木県の〈寺院遺跡〉 3/17

(1) 常見(平安時代)・・・東偏
Up1
(2)  大内廃寺(7世紀末葉~)・・・東偏
Photo_5
(3) 下野国分寺(8世紀前半)・・・やや西偏
Photo_6
(4) 下野国分尼寺(8世紀中頃から)・・・東偏
Photo_7
(5) 下野薬師寺(7世紀末葉)・・・東偏・正方位
Photo_8

2019年3月15日 (金)

神奈川県内の武蔵国の〈官衙遺跡〉 3/16

(1) 神隠丸山(10世紀前半)・・・真北なら東偏。磁北なら正方位(寺院遺跡に同じ)

Photo

(2) 上郷猿田( )・・・東偏?(西250mに7世紀末から9世紀にかけての製鉄鍛冶工房の上郷深田遺跡がある

Photo_2


(3) 長者原(7世紀後半~10世紀)・・・西偏

Photo_3

(4)橘樹郡衙跡(7世紀第Ⅲ四半紀~8世紀)・・・西偏・東偏・正方位

Photo_4

Photo_5

 

これで神奈川県内の武蔵国の〈官衙遺跡〉はおしまいです。

次回は集計を出します。

 

2019年3月14日 (木)

神奈川県内の武蔵国の〈寺院遺跡〉の集計 3/15

6世紀半ば・・・
6世紀後半・・・
7世紀前半・・・
7世紀半ば・・・
7世紀後半・・・ 影向寺(金堂は西,塔は正方位)
8世紀・・・ 権田原(西),藪根不動原(東)
9世紀~・・・宮添(西),神隠丸山(東),東耕地(東)

神奈川県内の武蔵国の〈寺院遺跡〉 3/15

(1) 宮添(平安時代)・・・西偏

Photo_10

※ 岡上廃堂は建物データがないのでやれませんでした。
宮添を除いて集計してみます。(あとで入れます)





2019年3月13日 (水)

神奈川県内の武蔵国の〈寺院遺跡〉 3/14

(1) 神隠丸山(10世紀前半)・・・真北なら東偏・磁北なら正方位

Photo

(2)権田原(8世紀~10世紀)・・・寺院はほぼ正方位かやや西偏

Photo_3

Photo_2 

(3)東耕地(10世紀中頃~10世紀後半)・・・東偏

Photo_4

Photo_5
Photo_6
 

(4) 薮根不動原(8世紀中葉~11世紀初め)・・・西偏・東偏

Photo_7


Photo_8

(5) 影向寺(7世紀後葉~)・・・西偏(金堂)・塔(ほぼ正方位)

Photo_9
 

※ 東方400mに橘樹郡(評)衙跡。无射志国荏原評瓦が出土。東偏の痕跡も

東京の〈官衙遺跡〉の集計 3/13

6世紀半ば・・・

6世紀後半・・・

7世紀前半・・・

7世紀半ば・・・ 御殿前(東),代継・富士見台(東)

7世紀後・・・

8世紀・・・赤羽台(西),多摩ニュータウン№107(西),武蔵国府(東→正方位),

 御殿前(8世紀末,西に)

9世紀~・・・赤羽台(東),南八王子地区遺跡№25遺跡(やや東),御殿前(正方位に)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

これに本日の「代継・富士見台」を加えます。

→ 加えました。

御殿前のを建物データで、東偏・西偏・正方位の時期を確認

→ 御殿前の方位を,時代別に改訂しました。

2019年3月12日 (火)

東京都の〈官衙遺跡〉 3/13

(1) 代継・富士見台(6世紀後半~7世紀)・・・西偏

Photo_3

東京の〈官衙遺跡〉は,これでおしまいでした。

昨日の集計を先に出して,これを後で加えることにします。


 

東京都の〈官衙遺跡〉 3/12

(1) 赤羽台(8世紀末~9世紀初頭)・・・西偏
Photo
(2)  御殿前(7世紀中頃~9世紀後半)・・・・東偏・西偏・正方位
Photo_2
Photo_3
(3) 多摩ニュータウン№107(8世紀中葉~9世紀後半)・・・西偏
Photo_4
(4) 南八王子地区遺跡群№25遺跡(古代~中世)・・・やや東偏
25
(5)武蔵国府(8世紀~平安後期)・・・東偏・正方位
Photo_5
Photo_6
(6)武蔵国府関連遺跡()・・・東偏・正方位・西偏

※ 建物データにより

※ 鍛冶専門の地区

Photo_7


 

東京都の〈寺院遺跡〉の集計 3/12

6世紀半ば・・・

 

6世紀後半・・・

 

7世紀前半・・・

7世紀半ば・・・ 上野忍岡(東・ほぼ正方位)

7世紀後・・・

8世紀・・・中里峡上(東),打越小ザス(ほぼ正方位),武蔵国分寺(西・一部正方位

 武蔵国分尼寺(わずかに東),和田西(わずかに東), 多磨寺(8世紀初頭として)(東)

 方形区画のA地区(8世紀初頭から第二四半期として)(東)

9世紀~・・・瀬田(東→西),桐ヶ丘(西),忠生(東),恋ヶ窪廃寺(東),武蔵国分寺関連(西)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
※ 武蔵台東(時代特定できず)(東,西,正方位)⇒国府関連遺跡として官衙遺跡に移した方が良い。時代は、8世紀後半~10世紀とされている。

2019年3月10日 (日)

東京都の〈寺院遺跡〉 3/11

(1) 恋ヶ窪廃寺(平安時代後半~戦国)・・・東偏

Photo_7

(2) 武蔵国分寺(8世紀中頃~)・・・西偏

(3) 武蔵国分尼寺(8世紀中頃~・・・(わずかに東偏)

Photo_9

(4) 和田西(縄文時代・奈良時代)・・・8世紀前半,東偏の仏堂か

Photo_10

東京都の〈寺院遺跡〉はここまでです。

東京都の〈寺院遺跡〉 3/10

(1) 多磨寺()・・・東偏

Photo

(2)武蔵台東(8世紀後半~10世紀)・・・東偏

Photo_2

(3) 忠生(9世紀~11世紀)・・・東偏

Photo_3

(4)多摩ニュータウン№939(10世紀前半)・・・

Photo_4

(5)恋ヶ窪廃寺(平安時代後半~戦国)・・・東偏

Photo_5

(6)  武蔵国分寺関連(承和12年(845)を上限とする9世紀代後半に機能停止)・・・東偏

Photo_6




2019年3月 9日 (土)

東京都の〈寺院遺跡〉 3/9

(1) 上野忍岡(7世紀中葉~10世紀前半)・・・東偏・ほぼ正方位

Photo

Photo_2
(2)浅草寺寺伝によれば推古36(628)年仏像を安置したのが起源とされるが、目立った古代の遺物・遺構は見られないため、本格的な伽藍は12世紀後半頃以降ヵ)・・・東偏


Photo_11

(3)瀬田(9世紀~10世紀末葉が主)・・・東偏・西偏




Photo_4

Photo_6

(4) 桐ケ丘(9世紀~10世紀後半)・・・西偏

Photo_7

(5) 中里峽上(8世紀~9世紀後半)・・・東偏・西偏

Photo_8

(6)打越小ザス(8世紀~10世紀)・・・西偏

Photo_10


2019年3月 6日 (水)

埼玉県の〈官衙遺跡〉 の集計 3/8

【埼玉県の〈官衙遺跡〉の集計】

 

6世紀半ば・・・

6世紀後半・・・

7世紀前半・・・

7世紀半ば・・・ 下田町(東),東の上(東),大寄(西・正方位)

7世紀後・・・霞が関(西→正方位→東か),小敷田(東),張摩久保(正方位あり),

 将監塚・古井戸(東),小山ノ上(西),熊野(西),若葉台(正方位もあるが西),幡羅(東)

8世紀・・・大久保領家(東),北島(正方位),東の上(正方位),宮ノ越(西),

 北坂(Ⅰ期・ほぼ正方位→Ⅱ・ほぼ正方位から西→Ⅲ期・西),百済木(西・東),

 中道(西?),稲荷前(東→正方位か),塚の越(わずかに東・正方位),

 宮町(ほぼ正方位),松山(西),猪俣上野(西),皀樹原・檜下(西・東),

 皀樹原・檜下(居宅)(正方位もあるが西・東不明のものも)

9世紀~・・・氷川神社東(1期は西,2期は西・東,3期は正方位),八幡前・若宮(西),

 池上(西),下田町(正方位→東),諏訪木(東),岡部条里(ほぼ正方位)

 中堀(上里3号)(正方位→西)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

新屋敷東(5世紀後半~10世紀前半)西偏に見えるが,東偏ともとれる

中宿(7世紀末~11世紀)簡単に西偏としてよいか。東偏かも

次は,栃木県。続いて山梨県でしょうか。

埼玉県の〈官衙遺跡〉 3/7

(1) 松山(奈良末)・・・東偏

Photo_8

(2) 猪俣上野(5世紀前半~10世紀前半。図は8世紀末葉~9世紀前半)・・・西偏

Photo_9

(3) 皀樹原・檜下(7世紀第3四半期~10世紀初頭)・・・西偏・東偏

Photo_10

Photo_11


Photo_12


(4) 皀樹原・檜下(居宅)(7世紀第3四半期~10世紀初頭)・・・西偏・正方位・東偏

建物データから

(5) 中堀(上里3号)()・・・

Photo_13

これで埼玉県の〈官衙遺跡〉はおしまいです。次回は集計します。



2019年3月 4日 (月)

埼玉県の〈官衙遺跡〉 3/6

(1) 中道(奈良・平安)・・・西偏

Photo

(2) 稲荷前(8世紀後半~9世紀後半)・・・西偏→正方位→東偏か

Photo_4

(3)塚の越(8世紀後半~9世紀初頭)・・・東偏中心

Photo_5

(4)宮町(8世紀第Ⅱ四半期~10世紀前半)・・・東偏→正方位→西偏か

Photo_6

(5)若葉台(7世紀後半~10世紀初頭(中心は8世紀中葉から9世紀初め))・・・西偏

Photo_7



埼玉県の〈官衙遺跡〉 3/5

(1) 岡部条里(平安後期)・・・ほぼ正方位

Photo_6

Photo_7

(2) 北坂(8世紀末~9世紀)・・・東偏→正方位→西偏


Photo_8

(3) 百済木(8世紀前半)・・・多くが西偏だが,G地区には東偏もいくつかある

Photo_10

(4) 熊野(7世紀後半~11世紀)・・・西偏→東偏か

Photo_11

(5) 新屋敷東(5世紀後半~10世紀前半)・・・西偏が多いPhoto_12

(6) 中宿(7世紀末~11世紀)・・・西偏の倉庫群

Photo_13

Photo_14

(7)幡羅(7世紀末~11世紀前葉)・・・全体として東偏(倉庫は西偏)

Photo_15


2019年3月 3日 (日)

埼玉県の〈官衙遺跡〉 3/4

(1) 張摩久保(8世紀後半~10世紀前半)・・・東偏が中心

Ea

Photo

(2)将監塚・古井戸(7世紀末~10世紀前半)・・・西偏

Photo_2

(3)小山ノ上(8世紀前半~9世紀後半)・・・東偏(建物出データより)

Photo_3

(4)宮ノ越(8世紀中葉~10世紀末)・・・西偏

Photo_4
Photo_5

(5)大寄(7世紀~10世紀)・・・西偏・正方位




※コピーなので拡大できないと思います。



2019年3月 2日 (土)

埼玉県の〈官衙遺跡〉 3/3

(1) 下田町(7世紀・10世紀)・・・西偏・東偏・正方位

Photo
(2)諏訪木(9~10世紀)・・・建物のデータによると東偏

(3)宮町(奈良~平安) ・・・やや西偏
Photo_2
(4) 小敷田(7世紀末~8世紀初頭)・・・西偏

Photo_5
(5)東の上(弥生、7世紀後半~9世紀後半)・・・東偏→正方位→西偏か

Photo_6

2019年3月 1日 (金)

埼玉県の〈官衙遺跡〉 3/2

(1) 氷川神社東(9世紀中葉~11世紀前半)・・・西偏→正方位→東偏の流れか

Photo

Photo_2

(2) 大久保領家(7世紀代~10世紀。建物は8世紀)・・・東偏

Photo_3

(3) 霞ヶ関(7世紀後半~中世・・・西偏→正方位→東偏の流れか

Photo_4

Photo_5

Photo_6

(4) 八幡前・若宮8世紀~10世紀)・・・東偏

Photo_7

(5) 池上(9世紀中葉~10世紀か)・・・東偏

Photo_8

(6)  北島(6世紀後半~10世紀前半)・・・西偏→正方位→東偏の流れか

Photo_9


« 2019年2月 | トップページ | 2019年4月 »

2019年10月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
無料ブログはココログ

最近のトラックバック