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2016年6月 5日 (日)

日月神社の謎

うちの実家の近所に日月(じつげつ)神社がある。
「日月様」などと呼んでいたが,なぜ昼活躍する太陽と
夜活躍する月が同時に出て来るのか謎だった。
今日.「日天宮」と「月天宮」という名前が出てきて,
もしやと思ったので,忘れないうちに書いて置く。
(妄想としてお聞き下さい)
 
大和政権の象徴が天照だとしたら.九州王朝の象徴は月読尊。
両者が「禅譲」という形で,バトンタッチした時,
「今後は天照と月読を同等に祀る」ということになったのではないか。
(あるいは,それを条件に「禅譲」にした)
ところが,その後大和政権は,もともと自分たちが支配してきたように
歴史を改ざんしていった・・・。
しかし,建前的に「平等に祀る」ということは名前としては残り,
それが日天宮・月天宮そして日月神社という名前として残った。
わー.すごい妄想。いやいや.想像力。
 
http://www.rekishinosato.com/sankounomiya.htm
 
ちなみに,日月神社の祀神を調べてみたら,
やはり大日孁貴尊(天照)、月読尊だった。

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コメント

私だけかと思っていましたが、肥さんも妄想にとりつかれるのですね(自制できないもののようですから)。安心しました(していいのか?!)。
九州王朝の出自は天国(壹岐を拠点、対馬にアマテル神社あり)→(天孫降臨)→筑紫、祭祀遺跡は沖ノ島でしたね。しまった!妄想に付き合ってしまった(駄洒落)。

山田さんへ
コメントありがとうございます。

どこまでが妄想で,どこからが想像力かよくわかりませんが,
それを自在に使いこなして,歴史を解明していきたいものです。

肥さん
インスピレーション(直感力)とイマジネーション(想像力)を育む妄想を自在に使いこなして、歴史を解明して行きましょう。

 ご実家の近くに日月神社ですか。
 たしか西所沢の駅の近くに「星の宮」があったように記憶していますが。
 国府・国衙なり郡衙にはかならず、日・月・星の宮が三点セットで付属しているものなのでしょうかね?

山田さんへ
コメントありがとうございます。

多元的「国分寺」研究の発展のために,励んでいきましょう。
今後ともよろしくお願いいたします。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

そうですね。西所沢駅と所沢駅の間ぐらいのところです。
周遊コースが出ていたので,リンクします。
明日の早朝,「朝日稲荷神社」に寄ってから出勤してみます。

星の宮地区の周遊コース
https://www.city.tokorozawa.saitama.jp/kenko/karadakenkou/otonanohoken/wakuwakuosannpomappu.files/sisekimeguri.pdf

私の住む地域の氏神様が日月神社(ぢつげつじんじゃ)と称します。慶長二十年に伊勢踊りが伊勢より伝播し、内宮、下宮(外宮)を勧請したという当時の棟札が残っています。当時の地域の人々が神宮を一体の伊勢の神様つまり太陽、月という別の神様ではなく日月神という一体の神様と考えていたのではないかと考えられます。当社も伊勢の神様を勧請後日月大明神という神名になっているからです。なお皇室の家紋が日月紋であることからも日と月は一対で成り立つと考えられないでしょうか。

もりちゃんへ
コメントありがとうございます。

私の近所(埼玉県所沢市)の「じつけつじんじゃ」と同じ系列のものですかね。
神仏習合のほかに「神神習合」というのがあったのかもしれませんが・・・。

「皇室の正式の紋は日月「家紋大図鑑」」と書いてあるサイトを見つけました。
リンクしておきます。
http://blogs.yahoo.co.jp/aki12mari/9422862.html

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