2020年1月23日 (木)

★★宮城県の〈官衙遺跡〉1/23★★ (工事中)

【多賀城】

 

・遺構の変遷(政庁1)・・・方位は変わらないが,Ⅰ期の質素さに対して,Ⅱ期以降の豪華さ。

8世紀前半~正殿(第Ⅰ期)~2゜35´E

8世紀前半~内城南門(第Ⅰ期)~2゜35´E

8世紀中葉~内城南門(第Ⅱ期)~2゜35´E

8世紀末葉~869年〜内城南門(第Ⅲー2期)~2゜35´E

 

・遺構の変遷(政庁2)・・・Ⅰ~Ⅳ期それぞれに様式の違いあり。Ⅰは後殿もなし⇒Ⅱは後殿あり,石敷広場あり,門の巨大と大変化。

8世紀前半~南門前殿(第Ⅰ期)〜2゜35´E

8世紀中葉~東殿(第Ⅱ期)~1゜44´E

8世紀後葉~西脇殿(第Ⅲー1期)~1゜12´E

8世紀末葉~後殿(第Ⅲー2期)~2゜35´E

外郭南門(第Ⅲ期)~1゜04´E

9世紀後半~北方建物(第Ⅳー2期)~2゜35´E

 

9世紀後半~北方建物(第Ⅳー2期)~0゜34´E (ほぼ正方位)

10世紀~南門前殿(第Ⅳー3期e)~2゜35´E

・遺構の変遷(政庁3)・・・さらにⅣ期の変化について,詳細に書かれている。

 

・遺構の変遷(城前)・・・A期官衙(Ⅱ期)よりB期官衙(Ⅲ期)の方が建物数は増えている。「中央の13m道路」から離れて東偏建物。

 

・遺構の変遷(大畑)・・・最初東偏もあるが,多くは正方位と西偏。

 

・遺構の変遷(西地区)・・・東偏・正方位⇒西偏・東偏か。

 

・遺構の変遷(外郭南門)・・・8世紀後半,3Eの門。B期で掘込地業の立派な東偏の門

8世紀後半~3E

・遺構の変遷(外郭東門)・・・B期に立派な東偏の八脚門さん

 

※ 郭外で,11世紀に「西」が多し

※ 外郭西門〜8世紀中葉以前(第Ⅲ期以前)〜2W

8世紀末葉(第Ⅲ期)~8W

佐貫地区〜8世紀末から 西(ただし,8世紀後半・末に1EやⅠ1Wもあり) 4Eも

城前地区〜8世紀前半(第Ⅰ期)~棟門〜1゜04´E ~ほぼ正方位

大畑地区〜8世紀後半~17W 8世紀末葉~2W 1W 1W 1W 6W 4W 

9世紀後半 0° 0° 0° 0° 1E 1E 1° 1E 1E 1W 1W 1W 10世紀 1W 1W   西⇒ほぼ正方位⇒西

六月坂地区〜8世紀末葉 2°

2020年1月21日 (火)

★宮城県の〈官衙遺跡〉 1/21★

【多賀城】

・遺構の変遷(政庁1)・・・方位は変わらないが,Ⅰ期の質素さに対して,Ⅱ期以降の豪華さ。

・遺構の変遷(政庁2)・・・Ⅰ~Ⅳ期それぞれに様式の違いあり。Ⅰは後殿もなし⇒Ⅱは後殿あり,石敷広場あり,門の巨大と大変化。

・遺構の変遷(政庁3)・・・さらにⅣ期の変化について,詳細に書かれている。

・遺構の変遷(城前)・・・A期官衙(Ⅱ期)よりB期官衙(Ⅲ期)の方が建物数は増えている。「中央の13m道路」から離れて東偏建物。

・遺構の変遷(大畑)・・・最初東偏もあるが,多くは正方位と西偏。

・遺構の変遷(西地区)・・・東偏・正方位⇒西偏・東偏か。

・遺構の変遷(外郭南門)・・・8世紀後半,3Eの門。B期で掘込地業の立派な東偏の門

・遺構の変遷(外郭東門)・・・B期に立派な東偏の八脚門

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作業をしながら,府中市の全面的な東偏のことを考えました。

最初に「全体に東偏の街を作る計画 ⇒ 途中で大国魂神社付近の正方位」ということが多賀城でもあったのではないかと・・・。

『古代都城の“かたち”』には,「道路設定の基準が政庁中心線と外郭何べん築地という異なった方位に寄るため,

平行四辺形を呈する個所がみられる」とあった。

2020年1月20日 (月)

宮城県の〈官衙遺跡〉1/20

(1)市川橋(8世紀後葉~10世紀前葉)・・・8世紀末葉~9世紀中葉ころ,ほぼ正方位。

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➀ 北の確認~「遺跡の位置と周辺の遺跡1 」と「遺構全体図(B区1)」を比べて,合うので真北と判断した

➁ 8世紀末葉~9世紀中葉 建物群~SB1000が脇院となるような官衙群があるのではないか。

➂ 建物データ~SB1000(2E),SB1010(1W)

A期(8世紀後葉)~

B期(8世紀末葉~9世紀中葉) ~ほぼ正方位

C期(平安時代)~1E,2E,2E,4E(二面),4E,4E,5E,5E,7E,7E,8E,9E,9E

遺跡の位置と周辺の遺跡1】【遺構変遷図(B区)】と建物データ

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(2)山王(9世紀前半~10世紀中頃)・・・8世紀後半に,東偏の国司館あり。

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➀ 北の確認~地形図と遺構配置図が同じ方位なので,真北と考える。

➁ 建物群~四面庇を中心にした建物群を見つける。

➂ 建物データ~

・8世紀後半・・・SB7776(四面廂)~5E

・9世紀中葉・・・SB1241(二面庇)~9E

9世紀後葉~10世紀前半 ・・・SB3423(三面庇)〜6E,SB3424~2W

周辺の遺跡と調査地区】【国司館周辺の遺構配置図と建物データ

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(3)多賀城(政庁8世紀前葉~11世紀前半、多賀城域は12世紀)・・・8世紀前半からほぼ正方位

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➀ 北の確認~地形図と遺構図の方位が同じなので,真北と考える。

➁ 建物群~伽藍配置としてある。

➂ 建物データ~

・第Ⅰ期~8世紀前半・・・1E

・第Ⅱ期~9世紀・・・2E

・第Ⅲ・1期~正殿(2E)

【調査区の位置】【遺構配置図(政庁)】と建物データ

2020年1月17日 (金)

宮城県の〈官衙遺跡〉 1/18

(1)大畑(7世紀末~)・・・8世紀前半には,ほぼ正方位が出現している。

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➀ 北の確定~1995年と2000年代の図なので真北ではないか(予想)

図2の「地形図」と図3・図4の「遺構全体図」を合わせてみると方位が合うので,真北である。(調査結果)

➁ 建物群~図2と図3に出ている建物群は,ほぼ正方位のものである。

➂ 建物データ~第2号建物(1W),第3号建物(1W),第5号建物(1W),第1号建物(1W)

・8世紀前半・・・1W

・8世紀前半~平安時代・・・1W,1W,1W

【調査区の位置と周辺の地形】と【遺構全体図1・2】と建物データ

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(2)北東宮下(9世紀~10世紀)・・・9世紀~10世紀に正方位だった時期あり。

➀ 北の確認~1980年代の地図ではあるが,真北なのではないか。(予想)

全体図と遺構図の北が一致するので,真北と考える。(調査結果)

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➁ 建物群~Ⅱ区に,ほぼ正方位の建物群ある。

➂ 建物データ~9世紀~10世紀・・・SB3(0°),SB1(4E)

愛島東部丘陵遺跡群全体図】【Ⅱ期】と建物データ

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(3)角田郡山(7世紀末または8世紀初頭~)・・・7世紀後半~8世紀初めには正方位の登場。む

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➀ 北の確認~2000年に近い図なので,真北ではないか。(予想)

図3の「調査区配置図」と図9の「第15次調査遺構配置図」を比べると,方位が北で一致したので真北と考えた。(調査結果)

➁ 建物群~図10など中にあり。

➂ 建物データ~

7世紀中葉~後半 ・・・0°,

7世紀後半~8世紀初め ・・・1E,0°,0°,0°

9世紀中葉・・・4W

【調査区配置図】【第15次調査以降ははちずね】

2020年1月11日 (土)

宮城県の〈官衙遺跡〉1/17

(1)中田南(8世紀前半~9世紀)・・・不明

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➀ 北の推定~

② 建物群~

➂ 建物データ

【遺構配置図】と建物データ

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(2)新田東(8世紀第Ⅲ四半期~10世紀前葉)・・・8世紀第3四半期に,ほぼ正方位の建物群。

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➀ 北の確認~2003年の図なので,真北かもしれない。(予想)

図2の地形図と図4の遺構全体図を比較し,両図が同じ方位記号の向きなので真北だとわかる。(調査)

② 建物群~図4のⅠ区遺構全体図の中で,ほぼ正方位の建物が見つかる。

➂ 建物データ~BS1(3W),BS2(1W),BS4(2E),BS5(1E)。

A期(古墳時代前半)・・・

B期(8世紀第3四半期頃)・・・ほぼ正方位の建物群

C期(平安時代)

Ⅰ区遺構全体図】【集落の変遷】と建物データ

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(3)田道町(8世紀前半~10世紀) ・・・ほぼ正方位の建物群があるが,年代不明。

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➀ 北の推定~1995年の図なので,真北かもしれない。(予想)

図2の「調査区1図」と図3の「遺構配置図」の方位の向きが一致するので,真北と考える。(調査)

② 建物群~C地区の南側にほぼ正方位の建物群を見出せると思う。

➂ 建物データ~第1a号建物が4E,第1b建物が32Eなど。(1b⇒1aか)

【調査区1図】と【遺構配置図】と建物データ

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(4)桃生城(奈良後半)・・・時期がわからないが,西偏。

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➀ 北の推定~2000年代の図なので,真北と推定(予想)

遺跡全体図1は地形図なので,それを利用して真北と考えた。(調査)

② 建物群~政庁を中心とした,建物群。

➂ 建物データ~政庁など

政庁の正殿・・・7゜28´W

【遺跡全体図1】と【政庁の遺構】と建物データ

2020年1月10日 (金)

宮城県の〈官衙遺跡〉1/10

(1)燕沢(7世紀後半~11世紀)・・・〈寺院遺跡〉と同じものか。

9世紀半ばがほぼ正方位で,10世紀前半で西偏。

 

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参考図面・・・1997年

8~11次調査遺構配置図】と建物データ

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(2)神柵(8世紀後半)・・・8世紀第4四半期 のほぼ同じ方位の2棟があるが,より規模が大きいSB21を中心と考えて,西偏。

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参考図面・・・1992年のもの

【調査区全体図】と建物データ

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(3)大野田官衙(8世紀第2四半期には廃絶)・・・ほぼ正方位

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参考図面・・・1992年度のもの

南北に細長い脇殿が立ち並ぶ官衙

ほぼ正方位

【遺構配置図】と建物データ

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(4)郡山(7世紀中葉~8世紀初め)・・・Ⅰ期は西偏,Ⅱ期は7世紀後半~8世紀初めにほぼ正方位に

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参考は,2005年の図。

Ⅰ期官衙(7世紀中葉~末葉)・・・31W,31E,32E・・・西偏

Ⅱ期官衙(7世紀後半~8世紀初め)・・・1W(1号A),0°,0°,3E(四面廂)・・・ほぼ正方位

※ 南方の欠ノ上遺跡では、7世紀末から8世紀初頭の竪穴建物が、

郡山遺跡のⅠからⅡ期への変化に規制されて方位が変化している(仙台市文報246)。

⇒ 竪穴建物も方位が変化していることに興味。〈方位の考古学〉にとって興味深い事実。

Ⅰ期官衙・Ⅱ期官衙】と建物データ

2020年1月 9日 (木)

宮城県の〈寺院遺跡〉の集計 1/9

【宮城県】

 

5世紀末葉・・・

6世紀初頭・・・

6世紀前半・・・

6世紀半ば・・・

6世紀後半・・・

6世紀末葉・・・

7世紀初頭・・・

7世紀前半・・・

7世紀半ば・・・

7世紀後半・・・郡山廃寺(ほぼ正方位),

7世紀末葉・・・一の関(ほぼ正方位)

8世紀初頭・・・伏見廃寺(正方位)

8世紀前半・・・多賀城廃寺(東)

8世紀半葉・・・

8世紀後半・・・

8世紀末葉・・・

9世紀以降~・・・陸奥国分寺(10世紀前後。西),陸奥国分寺(西),燕沢(9世紀中ば。ほぼ正方位)

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※ 菜切谷廃寺(奈良時代。ほぼ正方位)

※ 中屋敷前(平安中頃。ほぼ正方位)

※ 御堂平(平安末期。西)

※ 堂田(平安。西)

※ 前戸内(東)

2020年1月 8日 (水)

宮城県の〈寺院遺跡〉 1/8

(1)伏見廃寺(8世紀初め)・・・東偏の建物と考える。

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➀ 北の確認~1971年の図なので,磁北と考える。

② 建物群~1棟のみ。

➂ 建物データ~基壇の版築は確認

一応,東偏の建物と考える。

建物データ

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(2)前戸内()・・・集落としては,東偏のもの。

Photo_20200108112401

➀ 北の確認~いずれも2000年以降の図なので,真北と考える。

② 建物群~宗教施設を中心に各地区の役割分担あり。

➂ 建物データ~2棟のみ載っていた。

【変遷図】と建物データ

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(3)中屋敷前(平安中頃)・・・四面廂の第1号建物の方位をとって,ほぼ北と考える。

Photo_20200108120401

➀ 北の確認~1992年の図なので,真北と考える。

② 建物群~四面廂を含む建物群あり。

➂ 建物データ~3棟の建物とも,方位が「ほぼ北」。

【遺構図】と建物データ

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(4)一の関(7世紀末葉~10世紀)・・・正方位の建物群。

Photo_20200108122001

➀ 北の確認~1977年の図なので,磁北と考える。

② 建物群~土地の高さに従い,南北に並ぶ。

➂ 建物データ~磁北にら,7Eで正方位と考える。

【遺構配置図】と建物データ

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(5)菜切谷廃寺(奈良時代)・・・中心建物の方位は,正方位。

Photo_20200108122801

➀ 北の確認~1979年の図なので,磁北と考える。

② 建物群~1棟の基壇跡のみ。

➂ 建物データ~7Eとあるので,磁北なら正方位。 

【付近略図】と建物データ

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これで宮城県の〈寺院遺跡〉はおしまいです。

2020年1月 7日 (火)

宮城県の〈寺院遺跡〉1/7

(1)堂田(平安)・・・四面廂の仏堂らしき建物が中心。西偏

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➀ 北の確認~1971年の図なので,磁北と考える。

② 建物群~これ以外に見当たらないが,四面廂なので中心建物と考える。

➂ 建物データ~四面庇の仏堂一棟のみ。

【平面図】と建物データ

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(2)笠島廃寺(奈良・平安時代)・・・年代や方位のわかる図面がなく詳細不明。

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【遺跡の位置】と建物データ

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(3)多賀城廃寺(8世紀前葉~11世紀半ば)・・・正方位

4_20200107043901

➀ 北の確認~1970年の図なので,磁北と考える。

② 建物群~金堂以下たくさんの伽藍。

➂ 建物データ~金堂以下たくさんの伽藍

【遺構全体図】と建物データ

2020年1月 6日 (月)

宮城県の〈寺院遺跡〉1/6

(1)郡山廃寺(7世紀後半~8世紀初め)・・・

4_20200106123201

Photo_20200106064501

➀ 北の確認~磁北から真北への切り替えができているようだ。

② 建物群~正方位の伽藍配置の下に東偏の伽藍配置が埋まっている。

➂ 建物データ~7世紀後半~8世紀初めに,正方位やほぼ正方位が固まる

SB100・・・講堂基壇・・・東偏

SB1880・・・南門・・・0度

SB885・・・第4段階(Ⅱ-A期)・・・1E 

SB1001・・・第4段階(Ⅱ-B期) ・・・ほぼ正方位

SB900・・・第4段階(Ⅱ-C期)・・・ほぼ正方位

SB834・・・北門・・・1E

【いろいろな図】と建物データ

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(2)御堂平(平安末期~室町時代)・・・山際の四面廂の仏堂を中心と考え,西偏。

Photo_20200106114001

➀ 北の確認~どれも1983年の図を使っているので,真北と考えた。

② 建物群~四面庇の仏堂が中心になっている

➂ 建物データ~仏堂は南北棟・W5°30′

【遺構図】と建物データ

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(3)堂庭廃寺(10世紀前半)・・・

Photo_20200106115601

➀ 北の確認~1960年代の図のみなので,磁北と考えたい。

② 建物群~山中の建造物なので,建物群ではないと考える。

③ 建物データ~柱間1.5m等間の12角形の宝塔。礎石は安山岩質。中央から焼土。須弥壇ヵ。

出土の瓦は基壇に用いたもので、檜皮かこけら葺とみられる。
基壇上には石敷の痕跡がみられる。

塔身径5.45m

【遺構図】と建物データ

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