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2022年1月31日 (月)

允恭紀の中の「拝」について(工事中)

【允恭紀】2

群臣再言「夫帝位不可以久曠、天命不可以謙距。今大王留時逆衆不正號位、臣等恐百姓望絶也。願大王雖勞猶卽天皇位。」雄朝津間稚子宿禰皇子曰「奉宗廟社稷重事也。寡人篤疾、不足以稱。」猶辭而不聽。於是、群臣皆固請曰「臣伏計之、大王奉皇祖宗廟最宜稱。雖天下萬民、皆以爲宜。願大王聽之。」

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皇子顧之驚、則扶起謂之曰「嗣位重事、不得輙就、是以、於今不從。然今群臣之請、事理灼然、何遂謝耶。」爰大中姬命仰歡、則謂群卿曰「皇子將聽群臣之請、今當上天皇璽符。」於是、群臣大喜、卽日捧天皇之璽符、再上焉。皇子曰「群卿共爲天下請寡人、寡人何敢遂辭。」乃卽帝位。是年也、太歲壬子。

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