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2021年8月22日 (日)

天武紀の「詔」について【66】のうち【35】~【45】

(35 夏四月己亥朔庚子、祭廣瀬龍田神。辛丑、立禁式九十二條、因以之曰「親王以下至于庶民諸所服用、金銀珠玉・紫錦繡綾・及氈褥冠帶・幷種々雜色之類、服用各有差。」

(現代語訳・夏四月二日,広瀬・瀧田の神を祀った。三日,禁式九十二条を制定し,詔して,「親王以下庶民に至るまで,身に着ける金・銀・珠玉・紫・西木・おりもの・こしき・冠・帯その他種々もの着用するには,それぞれ身分に応じたものを用いよ」といわれた。)

前後の文脈から・・・広瀬・瀧田は近畿だが,次の記事の「詔」には主語がないので

☆ 九州王朝の史料の盗用ではないか

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(36)辭具有書。

(現代語訳・詳しいことは,詔書に述べられている)

前後の文脈から・・・主語なし

☆ 九州王朝の史料の盗用ではないか

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(37)五月己巳朔己卯、祭皇祖御魂。是日曰、凡百寮諸人、恭敬宮人過之甚也。或詣其門謁己之訟、或捧幣以媚於其家。自今以後、若有如此者隨事共罪之。甲午、高麗卯問、歸之。六月己亥朔癸卯、饗新羅客若弼於築紫、賜祿各有差。乙卯、雩之。壬戌、地震。

(現代語訳・五月十一日,高祖御魂を祭った。この日に詔して,「およそ百寮の人々が,宮廷の女官に対するあがめ方には行き過ぎがある。・・・・・)

前後の文脈から・・・主語なし

☆ 九州王朝の史料の盗用ではないか

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(38)八月丁卯朔丁丑、大錦下上毛野君三千卒。丙子、三韓諸人曰「先日復十年調税既訖。且加以、歸化初年倶來之子孫、並課役悉免焉。」 

(現代語訳・八月十一日,大錦下上毛野君三千が卒した。十日,三韓から来た人々に詔して,「以前,十年間の徴税を免除することとした。また,これに加えて,帰化の年,一緒に連れて来た子孫は,すべて課税を免除すると」といわれた」)

前後の文脈から・・・主語なし

☆ 九州王朝の史料の盗用だと考える

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(39)九月丁酉朔己亥、遣高麗新羅使人等共至之拜朝。辛丑、周芳國貢赤龜、乃放嶋宮池。甲辰、曰、凡諸氏有氏上未定者、各定氏上而申送于理官。庚戌、饗多禰嶋人等于飛鳥寺西河邊、奏種々樂。壬子、篲星見。癸丑、熒惑入月。

(現代語訳・八日,詔して,「諸姓の中で氏上がまだ決まっていない者があれば,氏上を決めて理宮に報告せよ」と言われた。)

前後の文脈から・・・主語なし

☆ 九州王朝の史料の盗用ではないか

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(40)冬十月丙寅朔、日蝕之。癸未、地震。乙酉、新羅遣沙㖨一吉飡金忠平・大奈末金壹世貢調、金銀銅鐵・錦絹鹿皮・細布之類各有數、別獻天皇・皇后・太子、金銀霞錦・幡皮之類、各有數。庚寅、曰、大山位以下小建以上人等各述意見。是月、天皇、將蒐於廣瀬野而行宮構訖、裝束既備、然車駕遂不幸矣。唯親王以下及群、皆居于輕市而檢校裝束鞍馬、小錦以上大夫皆列坐於樹下、大山位以下者皆親乘之、共隨大路自南行北。新羅使者至而告曰、國王薨。

(現代語訳・二十五日,詔して,「大山位大夫小建以上の人たちは,それぞれ国政について意見をべよ」といわれた。)

前後の文脈から・・・主語なし

☆ 九州王朝の史料の盗用ではないか

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(41)三月甲午朔、命小紫三野王及宮內官大夫等遣于新城令見其地形、仍將都矣。乙未、陸奧國蝦夷廿二人賜爵位。庚子、地震。丙午、命境部連石積等、更肇俾造新字一部卅四卷。己酉、幸于新城。辛酉、曰「親王以下百寮諸人、自今已後、位冠及襅褶脛裳、莫着。亦、膳夫・采女等之手繦・肩巾肩巾此云比例並莫服。」

(現代語訳・二十八日,詔して,「親王以下百寮の諸人は,今後,位冠およびまえも・はいもを着用してはならぬ・・・・」)

前後の文脈・・・・・主語なし

☆ 九州王朝の史料の盗用ではないか

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(42)是日曰、親王以下至于諸臣、被給食封、皆止之、更返於公。是月、土師連眞敷卒、以壬申年功贈大錦上位。

(現代語訳・この日詔して,「親王以下,諸臣に至るまで,賜っていた食封は,みなとりやめにして公に返すこととせよ」といわれた。」)

前後の文脈から・・・主語なし

☆ 九州王朝の史料の盗用ではないか

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(43)夏四月癸亥朔辛未、祭廣瀬龍田神。癸未、筑紫大宰丹比眞人嶋等、貢大鐘。甲申、越蝦夷伊高岐那等、請俘人七十戸爲一郡、乃聽之。乙酉、曰「自今以後、男女悉結髮。十二月卅日以前、結訖之。唯結髮之日、亦待勅旨。」婦女、乘馬如男夫、其起于是日也。五月癸巳朔甲辰、倭漢直等賜姓曰連。戊申、遣高麗大使佐伯連廣足・小使小墾田臣麻呂等、奏使旨於御所。己未、倭漢直等男女悉參赴之、悅賜姓而拜朝。

(現代語訳・二十三日,今後,男女ともみな髪を結い上げることとし,十あ二月三十日までにあげ終わるようにせよ。・・・・・)

前後の文脈から・・・主語なし

☆ 九州王朝の史料の盗用ではないか

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八月壬戌朔、令親王以下及諸臣、各俾申法式應用之事。甲子、饗高麗客於筑紫。是夕昏時、大星自東度西。丙寅、造法令殿內、有大虹。壬申、有物、形如灌頂幡而火色、浮空流北。毎國皆見、或曰入越海。是日、白氣起於東山、其大四圍。癸酉大地動、戊寅亦地震動。是日平旦、有虹、當于天中央、以向日。甲戌、筑紫大宰言、有三足雀。

(44)癸未、禮儀言語之狀、

(現代語訳・・・二十二日,宮中での礼儀や言葉遣いについて詔された)

前後の文脈から・・・主語なし

☆ 九州王朝の史料の盗用ではないか

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(45)且曰「凡諸應考選者、能檢其族姓及景迹、方後考之。若雖景迹・行能灼然、其族姓不定者不在考選之色。」己丑、勅、爲日高皇女更名新家皇女之病、大辟罪以下男女幷一百九十八人皆赦之。庚寅、百卅餘人出家於大官大寺。

(現代語訳・また詔して,およそ諸々の選考を行うには,よくその氏姓や成績を考えて考えてきめよ)

前後の文脈から・・・主語なし

☆ 九州王朝の史料の盗用ではないか

 

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コメント

天武紀上の35~45の詔の検証。お疲れ様でした。

 今回はきちんと前後の文を分類できたので、書紀編者の術中にはまりませんでしたね。

 全部九州王朝の史書からの盗用でした。

投稿: 川瀬健一 | 2021年8月23日 (月) 12時46分

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉天武紀上の35~45の詔の検証。お疲れ様でした。

 今回はきちんと前後の文を分類できたので、書紀編者の術中にはまりませんでしたね。

 全部九州王朝の史書からの盗用でした。

この方法でやっていきますね。

投稿: 肥さん | 2021年8月23日 (月) 15時13分

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