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2021年8月23日 (月)

持統紀の「詔」について【51】 【34】~【51】

                                                                           (34)〈持統6〉六年春正月丁卯朔庚午、増封皇子高市二千戸、通前五千戸。癸酉、饗公卿等、仍賜衣裳。戊寅、天皇觀新益京路。壬午、饗公卿以下至初位以上。癸巳、天皇幸高宮。甲午、天皇至自高宮。・・・・・二月丁酉朔丁未、諸官曰、當以三月三日將幸伊勢、宜知此意備諸衣物。・・・・・陽陰博博士沙門法藏・道基、銀人廿兩。        

(現代語訳・六年春正月丁卯朔庚午、増封皇子高市二千戸、通前五千戸。癸酉、饗公卿等、仍賜衣裳。戊寅、天皇觀新益京路。壬午、饗公卿以下至初位以上。癸巳、天皇幸高宮。甲午、天皇至自高宮。・・・・・二月十一日,諸官に詔して,「三月三日に伊勢に行こうと思う。これに備えて,必要ないろいろの衣服を準備するように」といわれた。・・・・・賜陰陽博士沙門法藏・道基、銀人廿兩。

前後の文脈から・・・主語なし

☆ 九州王朝の史料の盗用ではないか

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(35)〈持統6〉乙卯、刑部省、赦輕繋。是日、中納言直大貳三輪朝臣高市麻呂、上表敢直言諫爭天皇、欲幸伊勢妨於農時。

(現代語訳・十九日,刑部省に詔して罪の軽い罪人を赦免された。・・・・・是日、中納言直大貳三輪朝臣高市麻呂、上表敢直言諫爭天皇、欲幸伊勢妨於農時 )

前後の文脈から・・・主語なし

☆ 九州王朝の史料の盗用ではないか

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(36)〈持統6〉甲午、免近江・美濃・尾張・參河・遠江等國供奉騎士戸及諸國荷丁・造行宮丁今年調役。

(現代語訳・二十九日,近江・美濃・参河・遠江などの国の,供奉した騎士と諸国の荷丁・行宮造営の役夫の当年の調役を免じた)

前後の文脈から・・・主語なし

☆ 九州王朝の史料の盗用ではないか

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(37)〈持統6〉令天下百姓、困乏窮者稻、男三束女二束。

(現代語訳・天下の百姓の困窮者に稲を賜った。男は三束,女は二束であった。)

前後の文脈から・・・主語なし

☆ 九州王朝の史料の盗用ではないか

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(38)〈持統6〉夏四月丙申朔丁酉、贈大伴宿禰友國直大貳、幷賜賻物。庚子、除四畿內百姓爲荷丁者今年調役。甲寅、遣使者祀廣瀬大忌神與龍田風神。丙辰、賜有位親王以下至進廣肆、難波大藏鍫、各有差。・・・・・庚申、曰、凡繋囚見徒、一皆原散。

(現代語訳・・・・・・二十五日,詔して,獄囚・徒刑の者をみな放免するように」といわれた)

前後の文脈から・・・主語なし

☆ 九州王朝の史料の盗用ではないか

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(39)〈持統6〉閏五月乙未朔丁酉、大水。遣使循行郡國、禀貸災害不能自存者、令得漁採山林池澤。・・・・・令京師及四畿內、講說金光明經。・・・・・戊戌、賜沙門觀成、絁十五匹・綿卅屯・布五十端、美其所造鉛粉。丁未、伊勢大神奏天皇曰「免伊勢國今年調役。然應輸其二神郡、赤引絲參拾伍斤、於來年、當折其代。」

(現代語訳・詔して京師や畿內で,金光明經講説せられた )

前後の文脈から・・・主語なし

☆ 九州王朝の史料の盗用ではないか

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(40)〈持統6〉己酉、筑紫大宰率河內王等曰「宜遣沙門於大隅與阿多、可傳佛教。復、上送大唐大使郭務悰爲御近江大津宮天皇所造阿彌陀像。」

(現代語訳・十五日,筑紫大宰率の河內王らに詔して,「沙門を大隅と阿多とに遣わして,佛教を伝えるように。また大唐の大使・郭務悰が天智天皇のために造った阿彌陀仏像を京に送りたてまつれ」といわれた

前後の文脈から・・・主語なし

☆ 九州王朝の史料の盗用ではないか

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(41)〈持統6〉八月癸亥朔乙丑、赦罪。己卯、幸飛鳥皇女田莊、卽日還宮。九月癸巳朔辛丑、遣班田大夫等於四畿內。丙午、神祇官奏上神寶書四卷・鑰九箇・木印一箇。癸丑、伊勢國司獻嘉禾二本。越前國司獻白蛾。・・・・・戊午、曰、獲白蛾於角鹿郡浦上之濱、故増封笥飯神廿戸、通前。

(現代語訳・・・・・・二十六日,詔して「白蛾を角鹿郡の浦上の浜で捕らえた。よって気比神宮に食封二十戸を,これまでの分に加える )

前後の文脈から・・・主語なし

☆ 九州王朝の史料の盗用ではないか

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(42)〈持統7〉七年春正月辛卯朔壬辰、以淨廣壹授皇子高市、淨廣貳授皇子長與皇子弓削。・・・・・是日、令天下百姓、服黃色衣、奴皁衣。・・・・・丁酉、饗公卿大夫等。癸卯、賜京師及畿內有位年八十以上、人衾一領・絁二匹・綿二屯・布四端。乙巳、以正廣參贈百濟王善光、幷賜賻物。丙午、賜京師男女年八十以上・及困乏窮者、布各有差。賜船瀬沙門法鏡、水田三町。是日、漢人等奏蹈歌。

(現代語訳・・・・・・この日,詔して,全国の人民は,黃色の衣複を、奴は皁の衣を着ることとされた。丁酉、饗公卿大夫等。 ・・・・・)

前後の文脈から・・・主語なし

☆ 九州王朝の史料の盗用ではないか

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(43)〈持統7〉二月庚申朔壬戌、新羅遣沙飡金江南・韓奈麻金陽元等、來赴王喪。・・・・・己巳、造京司衣縫王等、收所掘尸。・・・・・己丑、以流來新羅人牟自毛禮等卅七人、付賜憶德等。三月庚寅朔、日有蝕之。甲午、賜大學博士勤廣貳上村主百濟、食封卅戸、以優儒道。乙未、幸吉野宮。庚子、賜直大貳葛原朝臣大嶋賻物。壬寅、天皇至自吉野宮。乙巳、賜擬遣新羅使直廣肆息長眞人老・勤大貳大伴宿禰子君等・及學問僧辨通・神叡等、絁綿布各有差。又賜新羅王賻物。

(現代語訳・・・・・・十日,造京司衣縫王らに詔して,「工事で掘り起こされた屍」を他に埋葬させた。 ・・・・・)

前後の文脈から・・・主語なし

☆ 九州王朝の史料の盗用ではないか

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(44)〈持統7〉丙午、令天下、勸殖桑紵梨栗蕪菁等草木、以助五穀。

(現代語訳・十七日,詔して,全国に桑・紵・梨・栗・蕪菁などを草木を勧め植えさせられた。五穀の助けのためである )

前後の文脈から・・・主語なし

☆ 九州王朝の史料の盗用ではないか

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(45)〈持統7〉夏四月庚申朔丙子、遣大夫謁者詣諸社祈雨、又遣使者祀廣瀬大忌神與龍田風神。・・・・・辛巳、「內藏寮允大伴男人坐贓、降位二階、解見任官。・・・・・典鑰置始多久與菟野大伴亦坐贓、降位一階、解見任官。監物巨勢邑治、雖物不入於己知情令盜之、故降位二階、解見任官。然、置始多久、有勤勞於壬申年役之、故赦之、但贓者依律徵納。」

(現代語訳・二十二日,詔して「內藏寮允大伴男人は,不当利得を図ったので,位二階を下して,現職を解任せよ」といわれた )

前後の文脈から・・・主語なし

☆ 九州王朝の史料の盗用ではないか

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(46)〈持統7〉五月己丑朔、幸吉野宮。乙未、天皇至自吉野宮。癸卯、設無遮大會於內裏。・・・・・六月己未朔、高麗沙門福嘉還俗。・・・・・壬戌、以直廣肆授引田朝臣廣目・守君苅田・巨勢朝臣麻呂・葛原朝臣臣麻呂・巨勢朝臣多益須・丹比眞人池守・紀朝臣麻呂、七人。秋七月戊子朔甲午、幸吉野宮。己亥、遣使者祀廣瀬大忌神與龍田風神。辛丑、遣大夫謁者詣諸社祈雨。癸卯、遣大夫謁者詣諸社請雨。是日、天皇至自吉野。

(現代語訳・六月一日,高麗の沙門・福嘉に詔して,還俗させられた )

前後の文脈から・・・主語なし

☆ 九州王朝の史料の盗用ではないか

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(47)〈持統7〉冬十月丁巳朔戊午、「自今年、始於親王下至進位、觀所儲兵。・・・・・淨冠至直冠、人甲一領・大刀一口・弓一張・矢一具・鞆一枚・鞍馬。勤冠至進冠、人大刀一口・弓一張・矢一具・鞆一枚。如此、預備。」己卯、始講仁王經於百國、四日而畢。

(現代語訳・冬十月二日,詔して,「今年より,親王以下進位に至るまで,人々の備えている武器を調べされた・・・・・ )

前後の文脈から・・・主語なし

☆ 九州王朝の史料の盗用ではないか

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(48)〈持統8〉三月甲申朔、日有蝕之。乙酉、以直廣肆大宅朝臣麻呂・勤大貳臺忌寸八嶋・黃書連本實等、拜鑄錢司。・・・・・甲午、曰「凡以無位人任郡司者、以進廣貳授大領、以進大參授小領。」

(現代語訳・・・・・・十一日,詔して,「無位の人を郡司に任ずる場合は,進廣貳の位を大領に授け,進大參を小領にさずけよ )

前後の文脈から・・・主語なし

☆ 九州王朝の史料の盗用ではないか

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(49)〈持統8〉己亥、曰「粤以七年歲次癸巳、醴泉涌於近江國益須郡都賀山。・・・・・諸疾病人停宿益須寺而療差者衆。故入水田四町・布六十端、原除益須郡今年調役雜徭、國司頭至目進位一階。賜其初驗醴泉者、葛野羽衝・百濟土羅々女、人絁二匹・布十端・鍬十口。」乙巳、奉幣於諸社。丙午、賜神祇官頭至祝部等一百六十四人絁布、各有差。

(現代語訳・十六日,詔して,「七年に醴泉が,近江国益須郡の都賀山に湧出した。・・・・・ )

前後の文脈から・・・主語なし

☆ 九州王朝の史料の盗用ではないか

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(50)〈持統10〉三月癸卯朔乙巳、幸二槻宮。甲寅、賜越度嶋蝦夷伊奈理武志與肅愼志良守叡草、錦袍袴・緋紺絁・斧等。夏四月壬申朔辛巳、遣使者祀廣瀬大忌神與龍田風神。戊戌、以追大貳授伊豫國風速郡物部藥與肥後國皮石郡壬生諸石、幷賜人絁四匹・絲十絇・布廿端・鍬廿口・稻一千束・水田四町、復戸調役、以慰久苦唐地。己亥、幸吉野宮。・・・・・五月壬寅朔甲辰、大錦上秦造綱手、賜姓爲寸。・・・・・乙巳、至自吉野。己酉、以直廣肆授尾張宿禰大隅、幷賜水田卌町。甲寅、以直廣肆贈大狛連百枝、幷賜賻物。

(現代語訳・・・・・・五月三日,大錦上秦造綱手に詔して,忌寸とされた )

前後の文脈から・・・主語なし

☆ 九州王朝の史料の盗用ではないか

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(51)〈持統11〉六月丙寅朔丁卯、赦罪人。・・・・・辛未、讀經於京畿諸寺。・・・・・辛巳、遣五位以上、掃灑京寺。甲申、班幣於神祇。辛卯、公卿百寮、始造爲天皇病所願佛像。癸卯、遣大夫謁者詣諸社請雨。秋七月乙未朔辛丑夜半、赦常𨰃盜賊一百九人、仍賜布人四常、但外國者稻人廿束。丙午、遣使者祀廣瀬與龍田。癸亥、公卿百寮、設開佛眼會於藥師寺。

(現代語訳・・・・・・六日,詔して経を京畿の諸寺に読ませた ・・・・・)

前後の文脈から・・・主語なし

☆ 九州王朝の史料の盗用ではないか

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【以上,「日本書紀」の「詔」についての「主語有無」の調査でした】

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コメント

肥沼さんへ

 持統紀最後の詔の検証お疲れ様。
 ここは全部九州王朝の事績を盗んだものでしたね。

 

投稿: 川瀬健一 | 2021年8月28日 (土) 00時20分

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

いろいろありましたが,なんとか持統紀までたどり着きました。
大変お世話になりました。

投稿: 肥さん | 2021年8月28日 (土) 09時48分

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