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2021年7月30日 (金)

継体紀の「詔」について【12】

継体天皇

(1)三月庚申朔、曰「神祗不可乏主、宇宙不可無君。天生黎庶、樹以元首、使司助養、令全性命。大連、憂朕無息、被誠款以國家、世々盡忠、豈唯朕日歟。宜備禮儀奉迎手白香皇女。」

(現代語訳・三月一日詔して,「天の神・地の神を祀るには神主がなくてはならず,天かを治めるにはくんとゅがなくてはならない。天は人民を生み厳守を立てて人民を助け養わせ,その生を全うさせる。大連は朕に子のないことを心配し,国家の為に世々忠誠を尽している。決してわが世だけのことではない。礼儀を整えて手白課香皇子をお迎えせよ」といわれた)

文脈から・・・主語なし 芸文類聚,帝王部による

「古事記」に出て来るか・・・出て来ない

☆ 近畿王朝の史官のによる中国史料からの盗用

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(2)戊辰、曰「朕聞、土有當年而不耕者則天下或受其飢矣、女有當年而不績者天下或受其寒矣、故、帝王躬耕而勸農業、后妃親蠶而勉桑序。況厥百寮曁于萬族、廢棄農績而至殷富者乎。有司、普告天下令識朕懷。」

(現代語訳・九日詔して,「男が耕作しないと,天下はそのために飢えることがあり,女が紡がないと天下はこごえることがある。だから帝王は自ら耕作して農業を勧め,皇妃は自ら養蚕をして,桑を与える時期を誤らないようにすべきである。農桑を怠っては富み栄えることはできなにい。役人たちは天下に告げて私の思うところを人々に識らせるように」といわれた。)

文脈から・・・芸文類聚,帝王部引用の呂氏春秋

「古事記」に出て来るか・・・出て来ない

☆ 近畿王朝の史官のによる中国史料からの盗用

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(3)十二月辛巳朔戊子、曰「朕承天緖、獲保宗廟、兢々業々。間者、天下安靜、海內淸平、屢致豐年、頻使饒國。懿哉、摩呂古、示朕心於八方。盛哉、勾大兄、光吾風於萬國。日本邕々、名擅天下、秋津赫々、譽重王畿。所寶惟賢、爲善最樂、聖化憑茲遠扇、玄功藉此長懸、寔汝之力。宜處春宮、助朕於仁、翼吾補闕。」

(現代語訳・十二月八日,詔して,「自分は皇位を継いで,宗廟をお守りし,いつも兢々とお仕えしている。このところ天下安静で,国内平穏,豊年が続き,国を富ませてくれている。有難いことである。)

文脈から・・・毛詩,大雅,雲漢など「兢々業々 」は慣用句

「古事記」に出て来るか・・・出て来ない

☆ 近畿王朝の史官による中国史書の盗用か

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(4)於是、太子感痛而奏天皇、曰「朕子麻呂古、汝妃之詞深稱於理。安得空爾無答慰乎。宜賜匝布屯倉表妃名於萬代。」

(現代語訳・太子は心を痛め,天皇に奏上された。天皇は詔して,「わが子麻呂子よ。お前の妃の言葉は誠に理に適っている。どうしてつまらぬことだといって,慰めも与えないでよかろうか。サホの屯倉を設け,妃の名を万世に残すように」と仰せられた)

文脈から・・・主語あり

「古事記」に出て来るか・・・出て来ない

☆ 九州王朝系の史料の盗用か

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(5)天皇、大伴大連金村・物部大連麁鹿火・許勢大臣男人等曰「筑紫磐井、反掩、有西戎之地。今誰可將者。」大伴大連等僉曰「正直・仁勇・通於兵事、今無出於麁鹿火右。」天皇曰、可。

(現代語訳・天皇は大伴大連金村・物部大連麁鹿火・許勢大臣男人らに詔して,「筑紫の磐井が反乱して,西の国をわがものとしている。いま誰か将軍の適任者はあるか」といわれた。大伴大連らみなが,「正直で勇に富み,兵事に精通しているのは,いま麁鹿火の右に出る者はありません」とお答えすると,天皇は,「それが良い」といわれた )

前後の文脈から・・・主語あり

「古事記」に出て来るか・・・簡単だが出て来る

☆ 近畿王朝の史料を膨らませたか

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(6)(7)(8)秋八月辛卯朔、曰「咨、大連、惟茲磐井弗率。汝徂征。」物部麁鹿火大連再拜言「嗟、夫磐井西戎之姧猾、負川阻而不庭、憑山峻而稱亂、敗德反道、侮嫚自賢。在昔道臣爰及室屋、助帝而罰・拯民塗炭、彼此一時。唯天所贊、臣恆所重。能不恭伐。」

曰「良將之軍也、施恩推惠、恕己治人。攻如河決、戰如風發。」重曰「大將、民之司命。社稷存亡於是乎在。勗哉、恭行天罰。」天皇親操斧鉞、授大連曰「長門以東朕制之、筑紫以西汝制之。專行賞罰、勿煩頻奏。」

(現代語訳・秋八月一日,詔して「大連よ,磐井が叛いている。お前が行って討て」といわれた。物部麁鹿火大連は再拜して,「磐井は西の果てのずるい奴です。山河の険阻なのを頼みとして,恭順を忘れ乱を起こしたものです。道徳に背き,驕慢でうぬぼれています。私の家系は,祖先から今日まで,帝のために戦いました。人民を苦しみから救うことは,昔も今も変わりありませぬ。よく謹んで討ちましょう」といった。詔に「良將は出陣にあたって将士を恵典思いやりをかける。そして,責める勢いは怒涛や疾風のようである」といわれ,また,「大將は兵士の死命を制し,国家の存在を支配する。つつしんで天誅を加えよ」と言われた。

前後の文脈から・・・芸文類聚,式部などの書々のつなぎ合わせ,主語無し

「古事記」に出て来るか・・・とても簡単に出て来る

☆ 近畿王朝の史官による中国史書の盗用か

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(9)(10)是月、遣近江毛野臣使于安羅、勅勸新羅更建南加羅・喙己呑。百濟遣將軍君尹貴・麻那甲背・麻鹵等、往赴安羅、式聽勅。新羅、恐破蕃國官家、不遣大人而遣夫智奈麻禮・奚奈麻禮等、往赴安羅、式聽勅。

(現代語訳・この月に,近江毛野臣を安羅に遣わされた。詔して,新羅に勧め,南加羅・喙己呑を再建させようとした。百済は将軍君尹貴 ・麻那甲背・麻鹵等遣わして,安羅に行き詔を聴かせた。新羅はとなりの国の官家を破ったことを恐れて,上級の者を遣わさないで,夫智奈麻禮・奚奈麻禮らを遣わし,安羅に行き詔を聴かせた )

前後の文脈から・・・外国関係の記事

「古事記」に出て来るか・・・出て来ない

☆ 九州王朝の史書からの盗用ではないか

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(11)是月、遣使送己能末多干岐、幷在任那近江毛野臣「推問所奏、和解相疑。」

(現代語訳・使を使わして,己能末多干岐を任那に送らせた。同時に任那にいる近江毛野臣に詔され,「任那王の奏上するところをよく問いただし,任那と新羅が互いに疑い合っているのを和解させよ」と

前後の文脈から・・・外国記事

「古事記」に出て来るか・・・出て来ない

☆ 九州王朝の史書からの盗用と考える。

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(12)廿四年春二月丁未朔、曰「自磐余彥之帝・水間城之王、皆頼博物之臣・明哲之佐。故、道臣陳謨而神日本以盛、大彥申略而膽瓊殖用隆。及乎繼體之君、欲立中興之功者、曷嘗不頼賢哲之謨謀乎。爰降小泊瀬天皇之王天下、幸承前聖、隆平日久、俗漸蔽而不寤、政浸衰而不改。

(現代語訳・廿四年春二月一日,詔して,「神武・崇神以来,国の政治を行うには,代々,博識の臣たちの補佐を頼りとしてきた )

前後の文脈から・・・芸文類聚,治政部,論政によったもの・主語なし

「古事記」に出て来るか・・・出て来ない

☆ 近畿王朝の史官の中国史料からの盗用か

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コメント

肥沼さんへ

 検証お疲れ様です。
 一つ言い忘れていました。
 すでに継体紀(その前の武烈紀も)に相当する古事記の記述は殆んどないと言って良い状態ですので、「古事記にない」という基準で収集王朝の史書からの盗用と判断する方法は、使えなくなっていると思います。
 もう一つ。
 中国史料からの盗用と、中国の文献による作文は違いますよ。「芸文類聚,帝王部引用の呂氏春秋」などは中国史料ではない。


1の詔:
 中国の文献を利用して近畿王朝の史官が作文したもの。詔本体は「礼儀を整えて手白課香皇子をお迎えせよ」。

2の詔:
 これも中国の文献を利用しての近畿王朝史官による作文。

3の詔:慣用句がたくさん使われているがこれだけで中国文献による作文とはいえない。むしろ「日本」との国号が使われていることと、詔の主語が完全に省略されていることを考えあわせれば、九州王朝の史書の詔の盗用と思われます。

4の詔:これは継体と太子とのやりとりのなかでの継体のことば。近畿天皇家の史料にあった継体の言葉を詔の形式に変えただけ。

5の詔:ここは明確に主語が天皇と明記してあるので、継体の言葉であることは明白。磐井の乱に関する近畿天皇家の史料によったものだろう。

6・7・8の詔
 5ですでに継体が物部大連麁鹿火が磐井討伐に出向くことに「可」としているのに、さらに重ねて討てと命令すること自体が不審。
 6以下の詔はみな主語が省略されていることに注目すれば、これは九州王朝の天皇の言葉と理解できる。詔の中に中国文献による慣用句が多用されているが、九州王朝でもすでにこうした中国文献は利用されていると思われるので、作文したとすればこれは、九州王朝の史官。
 つまりここは九州王朝史書の盗用。

9・10の詔:
 完全に主語が省略。
 外国関係の記事。
 したがって九州王朝史書からの盗用で良い。

11の詔:ここも前の詔と同じく九州織王朝史書からの盗用。

12の詔:
 これは文脈からみて、継体による大和完全平定宣言ではないでしょうか。多くの中国文献からの修飾があるのは、近畿王朝の史官による作文でしょう。

投稿: 川瀬健一 | 2021年7月31日 (土) 09時08分

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

う~ん,いろいろな表現が出てきて,頭がこんがらがってきています。

投稿: 肥さん | 2021年7月31日 (土) 09時42分

>う~ん,いろいろな表現が出てきて,頭がこんがらがってきています。

どこがわからないのですか?
 私が指摘したことは
●中国の文献による作文と中国史書の盗用は違うということ。

●史書の盗用とは、隋書高祖紀の詔をそのまま書紀雄略紀につかったようなこと。

●中国文献による作文とは、たとえば「芸文類聚」のどこかの項目に引用された文をもとに作文するということ。雄略紀あたりからこの傾向が強いですね。

 「芸文類聚」とはネット検索してみると。
>中国、唐初の類書(一種の百科事典)。100巻。唐の李淵(りえん)=高祖が624年(武徳7)に欧陽詢(おうようじゅん)らに命じて、2、3年で完成したもの。その大綱は、天、歳時、地、州、郡、山、水、符命、帝王、后妃、儲宮(ちょきゅう)、人、礼、楽、職官、封爵、治政、刑法、雑文、武、軍器、居処、産業、衣冠、儀飾、服飾、舟車、食物、雑器物、巧芸、方術、内典、霊異、火、薬香草、宝玉、百穀、果、木、鳥、獣、鱗介(りんかい)、虫豸(ちゅうち)、瑞祥(ずいしょう)、災異の45部とし、その下に1000余項を配する。各項は総叙で概説し、関係典拠を列挙し、関係詩文を付する。進士制度確立のため必読書とされ、類書も続出した。内容精確、また引用書が逸書となったため貴重である。
 ー日本大百科全書ー
 「進士制度確立のため必読書」とありますから官僚試験のために読んでおかなくてはならない文献を項目別に編集したということでしょう。
 これは便利な参考書。
 日本書紀も、おそらく九州王朝の正史である「日本紀」もこれを参考にして表現を工夫したものだと思います。

投稿: 川瀬健一 | 2021年7月31日 (土) 12時40分

川瀬さんへ
コメンㇳありがとうございます、

〉●中国の文献による作文と中国史書の盗用は違うということ。

●史書の盗用とは、隋書高祖紀の詔をそのまま書紀雄略紀につかったようなこと。

極端な例ですが,「そのまま利用」ではなく,「ほとんど利用」なら,作文であって盗用ではないのでしょうか?(9割以上でも)

投稿: 肥さん | 2021年7月31日 (土) 22時07分

>極端な例ですが,「そのまま利用」ではなく,「ほとんど利用」なら,作文であって盗用ではないのでしょうか?(9割以上でも)

そのまま100%利用したものを盗用というと私は考えています。
 岩波本では、元の文をそのまま盗用したときは「●●に同文あり」とし、元の文をところどころ改変して利用した場合には「●●による」と表記しています。
 100%利用と、ほぼ同じだけどところどころ用語を変えたり語句の順序を変えたりという利用とは、やはり意味が異なるとおもいます。
 だから
100%利用=盗用
少し改変して利用=作文(剽窃と言った方が正しいかも?)
 と考えます。

盗用と剽窃の違いを明確に説明した辞典がありました。
https://kotobank.jp/word/%E5%89%BD%E7%AA%83-161931

投稿: 川瀬健一 | 2021年8月 1日 (日) 00時24分

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉 だから
100%利用=盗用
少し改変して利用=作文(剽窃と言った方が正しいかも?)

わかりました。
100%か,100%ではないのか,
それが問題だ。
「ハムレット作戦」で行くことにします。

投稿: 肥さん | 2021年8月 1日 (日) 05時02分

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