2018年8月31日 (金)

古代史講演会(2018・9・1)

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2018年7月 7日 (土)

「古代史セミナー2018」のパンフ

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2018年6月27日 (水)

古田記念古代史セミナー開催のお知らせ

                                                                                                                          
古田記念古代史セミナー開催のお知らせ
   

2018年11月10日(土)・11日(日) 古田記念古代史セミナーを開催します。
古田武彦先生の業績を記念し、協力団体同士の情報交換と発展を目指して、
古代史セミナーを開催します。

   
   主催:大学セミナーハウス 
   協力:多元的古代研究会・東京古田会・古田史学の会 
   会場:八王子市下柚木 大学セミナーハウス 

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2018年6月26日 (火)

もう少ししたら再開します!

このサイトを,もう少ししたら再開します!
リニューアルして,「ワンウェイ」としたいと思います。
ただし,建設的なご意見を取り入れて,前進させていきたいと思いますので,
ご協力よろしくお願いいたします。
「歴史」から学んで,コメントは開設者が取り捨てさせていただきます。
(それが嫌だという方は,ご自分でブログを開設して下さい。
良い時代で無料で開設できます。その節は,私も訪問しますのでヨロシク・・・)

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2018年5月19日 (土)

日本紀講筵と学習指導要領の伝達講習会

日本書紀の完成の翌年と平安時代の前半で合計7回ほど,その内容を確認する会が行われた。「日本紀講筵(こうえん )」という。
 
 
https://ja.wikipedia.org/wiki/日本紀講筵
 
これは私の仕事だった学校の先生が義務研修であった学習指導要領の伝達講習会に似ていると思った。違うのは,「どうせまた,学習指導要領は10年すると変更されるんじゃないの?」と国も先生たちも思っているし,別に教え方まで強制されるわけではない。(教科書を使えと言われることもあるが,「教科書を」教えるのではなく,「教科書で」教えるのだという摩訶不思議な言葉もある)
 
しかし,日本書紀はそうはいかない。中心の神様が変更になる訳はなく,「書いてあることが歴史の真実」だからだ。そして,それを講義する人は,勉強すればするほど悩んだのではないか。講義ノートみたいなものも数冊残されているようだ。そのようなことを30年に一度繰り返していくことによって,「何が真実か」ではなく「習ったことを真実として覚える」時代がスタートしたと思う。それは永遠の謎になりうるほどの歴史のピンチだった。
 
①721年ーー➁812年・➂843年・④878年・⑤904年・⑥936年・⑦965年
 
しかし,「歴史の神様」は鎌倉時代に「古事記の発見」というビッグプレゼントを与えてくれ,20世紀に古田武彦氏を中心として多元的古代の研究が進み,今に至っている。その灯を消してはならない。

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各王朝の長の呼び方は?

以前「夢ブログ」でも話題にしたように思うのだが,
「大雑把な日本の歴史」の中で,
それぞれの王朝の長の名前をどう呼んだか?
という基本的な問題だ。
 
出雲王朝・・・天王(関東地方には,牛頭(ごず)天王を祭る神社がけっこう多い。あだ名が「天王様」だったりする。出雲系だ)
 
九州王朝・・・天皇(我が国は太古の昔から天皇が支配者だったという建前から。また,日本書紀に登場する「昔在天皇」という表現から
 
大和王朝・・・天皇
 
皆さんは,どう思われますか?
 

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2018年5月18日 (金)

肥さんの「多元的古代」気がつ記・思いつ記(2018年5月18日~)

川瀬さんも早々と記録を移されたようなので,このサイトでも前記録を保存しますが,サイトの趣旨は切り替えて「肥さんの「多元的古代」気がつ記・思いつ記」ということで,開設者の肥さんが気楽に書かせていただこうと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
 
 

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2018年5月 2日 (水)

多元的「大嘗祭」研究について(肥沼)

伊勢神宮に関して「肥さんの夢ブログ」で書いているうちに,
これは多元的「大嘗祭」研究になりうるのではないかと思いました。
川瀬さんのおススメもあったので,いくつかリンクさせていただきます。
 
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http://koesan21.cocolog-nifty.com/dream/2018/04/post-2cd7.html
 
 
http://koesan21.cocolog-nifty.com/dream/2018/04/post-803a.html
 
 
http://koesan21.cocolog-nifty.com/dream/2018/04/post-865d.html
 
 
http://app.cocolog-nifty.com/t/app/weblog/post?__mode=edit_entry&id=89283255&blog_id=171323
 
 
http://koesan21.cocolog-nifty.com/dream/2018/05/post-8251.html

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2018年4月26日 (木)

伊勢神宮を最初に祀ったのは,九州王朝だった!(肥沼)

このサイトの活性化と「〈肥さんの夢ブログ〉の混雑解消」を兼ねて,
上記の話題を提供したいと思います。
古田史学にとって有意義な仮説が打ち立てられるよう,
建設的な参加をお願いします。
まず,肥沼が最近「夢ブログ」にアップした,
いくつかの関連タイトルをリンクしますね。(肥沼。2018・4・26)
 
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http://koesan21.cocolog-nifty.com/dream/2018/04/post-66ee.html
 
http://koesan21.cocolog-nifty.com/dream/2018/04/post-37ba.html
 
http://koesan21.cocolog-nifty.com/dream/2018/04/post-cd37.html
 
http://koesan21.cocolog-nifty.com/dream/2018/04/post-3d05.html
 
http://koesan21.cocolog-nifty.com/dream/2018/04/post-c185.html
 
http://koesan21.cocolog-nifty.com/dream/2018/04/post-c5a9.html

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2017年10月28日 (土)

●書紀斉明紀を精査する(川瀬さん)

●書紀斉明紀を精査する

川瀬健一

はじめに:

 「書紀天武紀・持統紀の宮関係記事を精査する」を発表してから、大下さんと上城さんからさまざまなご批判を頂いた。このお二人からご批判を頂き、これに反論している過程 で、さまざまなことが明らかになっていった。 

 これについては後程また別途明らかにしたいが、議論の中で上城さんから「書紀斉明紀には主語が省略された文章が多いが、ここをどう解釈するか知りたい」との要望があって、これにこたえて精査したところ、とても興味深い結果が出てきたのでここで報告すること としたい。 

 結論を先に示せば、九州王朝と唐との戦争が間近に迫ったこの時期において、近畿天皇家は、九州王朝から半ば自立して、周辺諸国と新たな通交関係を構築していた。そして唐との直接関係も築いていた。斉明五年七月の遣使記事である。これに対してこの時期九州州王朝は、唐王朝の東の果てに繋がる、アムール川河口付近に展開する粛慎を従えようと何度も軍を派遣し、これに伴って、東北地方から北海道にわたる蝦夷をも安定的に支配しようと画策し、蝦夷征討も何度も行っていることがわかった。そして唐にも何度もこれ以前から遣使を行ってはいた。ただし新羅の遣唐使に付ける形ではあるが。 

 唐・新羅連合との決戦と白村江敗戦直前の両王朝の対照的な動きである。

●書紀斉明紀を精査する

http://kawa-k.vis.ne.jp/20171028saimei.pdf

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