2020年7月 8日 (水)

金属器レプリカセットの貸し出し

私は若い頃吉野ヶ里遺跡を訪問し,

その売店で売られていた本物そっくり(形・材料)の

「把頭飾銅剣」を手に入れた。(当時2万8000円した)

それ以来,金属器レプリカがあると買い求め数が増えてきた。

ものによっては原料が違っていたりする〈金印はメッキ塗りの真鍮〉が,

できるだけ本物に近いものということで,以下の6種類がある。

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(1)吉野ヶ里把頭飾銅剣

(2)青龍三年銘鏡

(3)荒神谷遺跡銅剣

(4)加茂岩倉遺跡銅鐸

(5)隠岐国出土駅鈴

(6)志賀島「漢委奴国王」金印

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これらを授業プラン〈「邪馬台国」はどこだ!〉といっしょに扱うと

とても効果的だということで,郵送代(往復で3000円しないくらい)だけで

貸し出すことをしている。(ぜひご利用下さい)

今回も6年生担当の小学校の先生からリクエストがあり,旅立ちます。

私は中1の歴史で何回も使いました。(1992年〜。のべ数十クラス)

出土物の中心を予想するだけなので,小中学生でも,気軽に

「邪馬台国」論争を戦わすことができるのです。

レプリカと聞いて,「なんだ偽物かよ」と思った方に。

本物は見るだけで触ることもできないですが,レプリカなら可能です。

しかも,6種類だけとはいえ,ほぼ同じ形・同じ材料でできていますので,

実際に授業に使え,触ってもらうこともできます。

「私も授業に使いたい」という方は,ご連絡下さい。

ただ,先ほど書いたように,今回群馬県に「旅立ち」ますので,

「来週使いたい」というリクエストにはお答えできないと思います。

しかし,「参観日スペシャル授業」という形なら可能です。

お父さんやお母さんたちにも予想してもらいながら,「邪馬台国」論争するなんて,

なんとロマンチックな参観授業だと思いませんか?

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2020年7月 6日 (月)

『平城宮〜日本古代国家建設の舞台』

渡辺晃宏著,新泉社刊,シリーズ「遺跡を学ぶ」144,

1600円+税の上記の本を入手した。

2020年3月20日発行だから,最新刊の1つと言えるだろう。

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この本の中に,飛鳥宮の「エビノコ郭」のことが,

「儀礼空間」(大極殿の系譜)として扱われていた。

「エビノコ郭」のことはだいぶ前に書いたが,

まだ主権者であった九州王朝の天子に「仕事」をしてもらうために

近畿王朝があつらえたと言っていい大規模な建物である。

(9間×5間という規模は,もう「大極殿」という言うしかないと思っていた)

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(写真をクリックすると拡大します)

 

 

2020年6月16日 (火)

東村山郷土研究会への質問

東村山郷土研究会,50周年おめでとうございます。

私が東村山郷土研究会に加えていただいたのは,2年半程前の2017年10月でした。

学校の教員を1年早く辞め(中三担当だったため),古代史の研究をやろうと意気込んでいました。

そこで出会ったのが,東村山郷土研究会でした。

東村山市には有名な「東山道武蔵路」という官道が通っており,「幅12m」「ほぼ直線」という

大変大規模な土木工事が当時されたことが想像されます。

東村山市内では,2002年に東村山駅近くの大踏切で発掘されたのが,最初らしいです。

その官道が南は武蔵国府(府中市)に向かい,北は上野国府・下野国府の2方向に向かっています。

40周年記念誌を拝見したところ,近内信輝さんが「鎌倉街道と東山道武蔵路」を書かれていて,

「東山道は東国経営のため(の)大和朝廷の官道である」と説明がありました。

実は,私は東山道武蔵路について,いろいろ調査している者ですが,疑問がいくつもあるのです。

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(1)東山道武蔵路が大和朝廷の官道とする史料は,いったいどこにあるのか?

(2)東山道武蔵路は,何世紀のいつ頃に作られたのか?

(3)8世紀(771年)に武蔵国は東山道から東海道にコース変更になるが,それはなぜか?

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これらの質問は,近内さんだけでなく,東村山郷土研究会の皆さん全員への質問でもあります。

ぜひご教示願えれば幸いです。

 

 

古代史セミナー2020

まだ詳細未定だが,今年も参加することになるだろう

古代史セミナーの案内がアップされている。

https://iush.jp/seminar/2020/03/331/

そろそろ案内の封筒が届き,すぐに参加表をFAXで送り,

参加費を振り込むことになる。

『「邪馬台国」はなかった』50周年ということだから,

メインの発表には縁がないだろう。

私は第3回あたりから参加している。

現役の時は,男バレの県大会と重なることがあって大変だった。

筑紫時代 ―日本古代史の新区分「奈良時代以前」をめぐってー 2006.11.11~12 64名

https://iush.jp/seminar/report/past/ancient01_11

 

 

2020年6月12日 (金)

印章から見る三国志

東京国立博物館で出されているブログに,興味深いものがあったのでリンクしました。

https://www.tnm.jp/modules/rblog/index.php/1/2019/08/29/印章から見る三国志/

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金印の実物(2〜3世紀)

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封泥の実物(前1世紀)

2020年6月10日 (水)

金印「親魏倭王」のサイズは?

金印「漢委奴国王」のタテ・ヨコのサイズは,

2.3cmという中途半端な長さだ。

しかし,調べてみると,中国の度量衡では,

当時の「1寸」の長さだったことが分かる。

卑弥呼も金印を魏からもらっていて,

「親魏倭王」という文字が刻印されているらしいのだが,

まだ見つかっておらず,残念である。

しかし,そのサイズについては,タテ・ヨコ2.4cmだったと考える。

なぜなら.魏の時代「1寸」はちょっと長くなり,

2.4センチになっていたからである。

当時「金印は,タテ・ヨコ1寸で作る」というような規則があったのでは?

と思って検索してみたら,ありました。

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【西日本シティー銀行】

https://www.ncbank.co.jp/corporate/chiiki_shakaikoken/furusato_rekishi/hakata/006/01.html

司馬遷の撰んだ『史記』に、雲南省の石寨(せきさい)山のところに「てん(てん) 」という国があって、そのてん王が西暦紀元前109年に漢の武帝から金印をもらった、と載(の)っています。

それがたまたま戦後の発掘調査で雲南省の1世紀頃の古墳からひょろっと出てきたんです。それとこちらの金印と比べてみると大きさも同じ。漢尺でちょうど1寸です。メートル法では2.3センチメートル強ですね。てん王印は「てん王之印」と彫られていますが、つまみのデザインも同じですね。

2020年6月 7日 (日)

今年の古代史セミナー

昨年はバンユウをふるって〈方位の考古学〉を発表(情報提供)したが,

2020年の今年は「『「邪馬台国」はなかった』発刊50年」ということで,

少なくとも昼間の発表は,実績のある方の発表になるらしい。

それでも参加はして,夜の情報提供はさせていただきたいが・・・。

 

2020年5月19日 (火)

「古代瓦と飛鳥寺院」がアップされる

服部さんのクラウド講演会に,上記の話がアップされた。

【古代瓦と飛鳥寺院】

https://www.youtube.com/watch?v=g0GW5uiyhJw

600年前後に全国にで作られた古代瓦(素弁蓮華紋軒丸瓦)は,

国家的建物(福岡を除くと寺院が多い)のためのものたとされている。

これは私たちの〈方位の考古学〉と相通ずるところがある。

そして,この時代にその仕事をしていた勢力といえば,

ONライン(7世紀末まで九州王朝。8世紀初頭から近畿王朝)からして,

九州王朝ということになる。(近畿王朝は,701年に「大宝」を建元=続日本紀)

さらに,「福岡以外は寺院が多い」というその建物は,「国寺」「尼寺」を含むのものではないか。

600年前後というと,「東偏」から「正方位」に向かう時代で,

政教一致の当時,国をまとめるのは,仏教の普及と同じことで,隋に対抗する上でも必須の事業。

服部さんの話の中心は「国分寺」ではないのだが,「国家事業である」そして

「地方だから大きくズレることはない」という考えは,〈方位の考古学〉とも共通している。

2020年5月16日 (土)

クラウド(YouTube)古代史後援会

新古代学の扉のサイトに,服部さんのクラウド(YouTube)古代史講演会の話題が出ていた。

服部さんの研究には,〈方位の考古学〉でも期待したいところがあるので,注目しておきたい。

(特に,国分寺関係では「国分寺建立の詔」の影響が強くて,土器編年が使えない。

瓦の形式から迫っていきたいところだ。残念ながら,「古代瓦と飛鳥寺院」はまだアップされていない)

【クラウド(YouTube)古代史後援会】

http://www.furutasigaku.jp/jfuruta/jfuruta.html#wa2145

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〈方位の考古学〉のグラフを作りたい

〈方位の考古学〉の総まとめを書く際に,

そのグラフ(地図中に記号を記入していくような)があると,

より分かり易いのではないかと考えた。

〈寺院遺跡〉と〈官衙遺跡〉の二つだ。

その際の年代の区分をどうしようかと思っている。

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