2018年7月20日 (金)

「続日本紀」のPDF版とHTML版

「続日本紀」PDF版

http://www.umoregi.com/koten/syokunihongi/index.html

「続日本紀」HTML版

http://www.j-texts.com/sheet/shoku.html

東大寺要録(テキスト版)

東大寺要録(テキスト版)

http://redbird.no-ip.info/archives/%E8%B3%87%E6%96%99/%E6%9D%B1%E5%A4%A7%E5%AF%BA%E8%A6%81%E9%8C%B2.htm

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東大寺要録 :現物

https://edb.kulib.kyoto-u.ac.jp/exhibit/h311/image/01/h311s0001.html

2018年7月19日 (木)

「郷土研だより」7月号に,9/1講演会情報

先程「郷土研だより」7月号のゲラ刷りに行ってきた。
I さん,暑い中お疲れ様でした。

7月号の裏表紙に9月1日(土)の古代史講演会のご案内を載せていただいた。
ありがとうございます。(チラシを差し上げておいた甲斐があった)

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『奈良の大仏』届く

いろいろな情報が載っている『奈良の大仏』(草思社)が,
1日早く届いた。

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聖武天皇が亡くなってから(756年5月2日亡くなる)の様子を,
「奈良の大仏の歴史」から学ぶことにする。

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2か月後,銅座の刻画が終わる。

757年5月2日,一周忌が開かれる。大仏と大仏殿が完成する。

771年,大仏の木造の光背ができあがる。

786年,大仏の尻に裂け目ができはじめ,やがて左手が落ちる

827年,大仏は尻が折れくぼみ,頭がかたむきはじめる。大仏の後ろに土の山を築いて,これを防ぐ。

855年,地震のために,大仏の頭がころがり落ちる。

861年,大仏の頭をとりつけ,開眼供養を行う。

以下略。

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私もそうだが,読者のほとんどの方も「その後」の大仏の歴史について,
ご存じなかったと思う。
アニメのビデオも,752年の最初の開眼供養のところで格好よく終わっている。

実は,「開眼供養」だけで,752年,861年,1185年,1692年の計4回行われたことになる。

それにしても,「東大寺」として,誰がまとめたのか?
国分寺と違って「詔」は出ていないのか?
依然として,謎は謎のままである。

2018年7月18日 (水)

「東大寺」もなかった!(3)

ウィキペディア「東大寺の歴史」をもとに,
平安末期と江戸中期の大仏と大仏殿に掛かった年数を計算してみた。

(1) 平安末期の再建

大仏・・・1181~1186年【6年間】
大仏殿・・・1186~1195年【10年間】 ここまでだと,16年間

さらに,南大門・・・1195~1203年【8年間】
「七重塔」・・・1204~1213年【10年間】 全部足すと,34年間
(奈良時代には、南大門や「七重塔」がないとすするなら16年間ということになる)

(2) 規模を縮小しての江戸時代の再建

大仏・・・1686~1691年【5年間】
大仏殿・・・1692~1704年【14年間】 これだけで,19年間

※ 奈良時代の「創建期」の場合,急ピッチで進められたこともあって,
開眼供養後の作業はかなりペースダウンしたと聞いたことがあるが,
それにしても本来16年や19年掛かる作業を
10年足らず(1.5~2倍のスピード)でやることは不可能だと思う。

ウィキペディア「東大寺の歴史」

https://ja.wikipedia.org/wiki/東大寺の歴史

2018年7月17日 (火)

木本雅康さんの訃報

一元史観の立場に立った研究者ではあるけれど,
同世代の方として参考にさせていただいていた木本雅康さんが
今年1月に亡くなっていることを知った。

以前『古代官道の歴史地理』(同成社)を利用して
「古代ハイウェー」について書いていた。
また同社から『日本古代の駅路と伝路』という本を出されていたので,
本屋でペラペラめくっていたら,2歳年下にあたる中村太一さんが
この本の出版の経緯を書いている文章があって,
木本さんが亡くなっていることを知った。

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『日本古代の駅路と伝路』
同成社古代史選書 29
木本雅康/著


出版社名
同成社
出版年月
2018年6月
ISBNコード
978-4-88621-794-3
(4-88621-794-X)
税込価格
6,480円
頁数・縦
264P 22cm

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商品内容

要旨
歴史地理学の立場から、文献史学と考古学の成果をもとに、日本古代の駅路・伝路を具体的に復原。
列島各地の交通路網について、その実態や機能の変遷を精緻に考察した、渾身の論考。

目次
第1章 古代の地方道路
第2章 古代常陸国の駅路と内陸水運
第3章 その後の東山道武蔵路
第4章 因幡国気多郡の古代官道
第5章 島根県出雲市で発掘された推定山陰道駅路の意義
第6章 播磨国明石・賀古・印南三郡の古代伝路
第7章 西海道の古代官道
第8章 筑前国穂波・嘉麻両郡の古代官道
第9章 肥前国基肄・養父両郡の古代官道
第10章 肥前国彼杵郡の古代駅路

著者紹介
木本 雅康 (キモト マサヤス)  
1964年富山県に生まれる。1986年國學院大學文学部史学科卒業。1993年國學院大學大学院文学研究科博士課程後期単位取得満期退学。その後、長崎外国語短期大学講師、同短期大学助教授、長崎外国語大学助教授を経て、2005~2018年長崎外国語大学教授。2018年1月24日逝去(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

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6歳年下だから,53歳ということになるだろうか。残念である。
「学恩」に報いるためにも,多元的な「官道」の研究を進めたい。

2018年7月16日 (月)

「東大寺」もなかった!(2)

東大寺の大仏殿といえば,修学旅行でおなじみの巨大な建物である。
大仏が中に入っているから大仏殿という訳だが,
聖武天皇によって紫香楽宮で「廬舎那仏造立の詔」が出されているので一応スタートがわかるが,
(わかるとはいっても,結局紫香楽宮では実現せず,平城京で実現した)
大仏殿自体の「建立の詔」は聖武天皇も,誰も出していないのではないかと思う。(ご存じの方はご教示を)

大仏の鋳造が始まったのが747年で,開眼会が752年。
さらに渡金が757年だから,聖武天皇の没後。
大仏殿の完成が758年とすると,並行して作業が進められたと思うが,
それにしても10年足らずであの巨大な建物が作れるものだろうか。
(ちなみに我が家のアパート程度でも,着工から完成まで半年も掛かります。クレーン使用で)
九州から移築した可能性とかはないのか。

なにしろ聖武天皇は,24歳で天皇になってから56歳で亡くなるまでの30年あまり,
何回も遷都したり戻したりして,とても大仏殿を始めとした東大寺建立に時間を掛けたとは思えない。
逆に,彼の意思とは関係なく,移築等が行われていたと考える方が自然に思われる。
「東大寺の歴史」というウィキペディアを読むと,大仏造立と大仏殿建立は,もともと別々なプランで,
それが合体したのが今の大仏と大仏殿ではないかというように書かれているようだ。

私たちは「全国に国分寺・国分尼寺を配し,その中心に総国分寺として東大寺を定めた」などと,
わかったようなことを授業しているが,国分寺自体にもその母体(九州王朝の国府寺)があったように,
大仏殿を含む東大寺自体に研究の眼を向けなければならないのではないかと思うのである。

ウィキペディア「東大寺の歴史」

https://ja.wikipedia.org/wiki/東大寺の歴史

「東大寺」もなかった!

東大寺のホームページに「東大寺の歴史」が出ているので,
それを利用させていただくことにしよう。

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7~8世紀の東洋の世界は、唐を中心に善隣友好の国際関係が昇華した時代であった。当時の唐朝は道教を信奉したが、同時に仏教も振興し、帰化僧による仏教聖典の漢訳の盛行もそのひとつの現れであり、各地で仏教寺院が建立され、それぞれの国家の安寧と隆昌を祈願させた。
これらの政策が、わが国で聖武天皇が天平13年(741)に、国分・国分尼寺建立の詔を発する範となったことは周知のところである。

奈良時代は華やかな時代であると同時に、政変・かんばつ・飢饉・凶作・大地震・天然痘の大流行などが相次ぎ、惨憺たる時代であった。このような混乱の中、神亀元年(724)二月、聖武天皇が24歳で即位し、待ちのぞんでいた皇太子基親王が神亀四年(727)10月5日に誕生する。ところが、神亀五年(728)9月13日、基親王は一歳の誕生日を迎えずして夭折する。聖武帝は、すぐに親王の菩提を追修するため金鍾山寺を建立(同年11月)し、良弁(のちの東大寺初代別当)を筆頭に智行僧九人を住持させた。
天平13年(741)に、国分寺・国分尼寺(金光明寺・法華寺)建立の詔が発せられたのに伴い、この金鍾山寺が昇格して大和金光明寺となり、これが東大寺の前身寺院とされる。

天平12年(740)2月、河内国知識寺に詣でた聖武天皇は、『華厳経』の教えを所依とし、民間のちからで盧舎那仏が造立され信仰されている姿を見て、盧舎那大仏造立を強く願われたという。とは言え、造立する前に『華厳経(大方広仏華厳経)』の教理の研究がまず必要であった。
『華厳経』の研究(華厳経講説)は、金鍾山寺(羂索堂)において、大安寺の審祥大徳を講師として、当時の気鋭の学僧らを集め、良弁の主催で3カ年を要して天平14年(742)に終了した。この講説により、盧舎那仏の意味や『華厳経』の教えが研究され、天平15年(743)10月15日に発せられた「大仏造顕の詔」に、その教理が示されたのである。
もちろん、教理の研究と平行して巨大な仏像の鋳造方法や相好なども研究された上でのことであったことは言うまでも無い。

天平勝宝四年(752)4月に「大仏開眼供養会」が盛大に厳修され、その後も講堂・東西両塔・三面僧房などの諸堂の造営は、延暦八年(789)3月の造東大寺司の廃止まで続行された。

盧舎那仏の名は、宇宙の真理を体得された釈迦如来の別名で、世界を照らす仏・ひかり輝く仏の意味。左手で宇宙の智慧を、右手に慈悲をあらわしながら、人々が思いやりの心でつながり、絆を深めることを願っておられる。

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足早で「東大寺の歴史」を見てきたが,私が思ったのは,2つのことであった。

(1) 「大仏造顕の詔」はあるが,「東大寺建立の詔」はない。
(2) 743年に「大仏造顕の詔」を出してから,752年の「大仏開眼供養会」までわずか10年。
まあ大仏が出来たにしても,大仏殿はその後に作るわけだから,それを含めたら10年は短すぎる。

この2つの疑問が出て来る。(続く)

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※ 造東大寺司【ぞうとうだいじし】

太政官直轄の令外官(りょうげかん)。
748年頃東大寺の前身である金光明(こんこうみょう)寺の造営機構が発展して成立。
職掌は東大寺・大仏の造営,東大寺領の経営,写経事業,石山寺の造営など。
写経所・造仏所ほか多くの所(ところ)で構成され,職員は最盛期に長官(かみ)・次官(すけ)各1人,
判官(じょう)・主典(さかん)各4人ほかで,四等官の位階も八省に匹敵した。
789年停廃されて東大寺造寺所となる。

2018年7月15日 (日)

武蔵国分寺の参道口 7/15

いつもと違うルートで,武蔵国分寺を訪ねてみた。

(1) 武蔵野線のJR北府中駅で下車

(2) 府中刑務所の脇を抜け,「刑務所角」を右折

(3) 9小のところで左折して,北へ

(4) 万作の木公園(武蔵国分寺の参道口)

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そのあと,武蔵国分寺へ。
鐘楼(礎石が1個だけ残る)が金堂・講堂の東に確定したようだ。
ということは,反対の西側に経堂ということになるのだろう。

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武蔵国分寺跡資料館に行き,川瀬さんから教えていただいた冊子
=『古代道路を掘る~東山道武蔵路の調査成果と保存活用~』(2017年3月刊,税込み700円)
を手に入れることが出来た。

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久しぶりのフィールドワークとなり,ノーミソが刺激され,
「なかった!」シリーズの続編が生まれそうな気配だ。(o^-^o)


2018年7月13日 (金)

講演会のためのシナリオと「映写物」第2次案

服部さんからアドバイスをいただき,ちょっと改定してみました。
さらに頑張って,9月1日(日)に向かいます。

講演会のためのシナリオと「映写物」第2次案

http://koesan21.cocolog-nifty.com/dream/2018/07/post-3fbc.html

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