2020年9月22日 (火)

M君の律義さ

実は,先日卒業生のM君と居酒屋「福ちゃん」で飲んだ時,

彼の自転車のチェーンが外れてしまい,歩いて帰られた。

その翌朝自転車は私が修理し,我が家の玄関先に置いておいた。

それが昨日になってM君が引き取りに来られた。

その際,「下町のナポレオン」を一瓶持って。

M君は律義な大人に成長していた。

それが元担任として,大変うれしいことだった。

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2020年9月17日 (木)

社会科サークル 2020年9月

半年くらいぶりの例会だ。

本当に新型コロナの影響は,実に甚大であった。

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参加者は,8名(大石さん,篠原さん,山田さん,宮崎さん,清藤さん,坂屋さん,高橋さん,肥沼さん)。

メインのレポーターは,清藤さん。「アウシュビッツへの旅」(12/25~31)の報告だった。

旅の記録は詳細なもので,自分も参加しているような気持ちになった。

また,ただ悲惨さを伝えるだけではなく,2度とこういう事態を起こさないためにはどうしたらいいか?

日本ではなかなかできないワークショップなども盛り込まれ,そのヒントが与えられたような気がした。

ありがとうございました。

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2020年9月 6日 (日)

おしえて!イチロー先生

子どもたち,あるいは大人たちのいろいろな質問に対して,

あのイチローが,真摯でユニークな回答をする。

なかなかいいサイトを教えていただきました。

【おしえて!イチロー先生】

https://www.youtube.com/watch?v=8PC_xUQ0PcM&list=PLmizDd4zjjxcgP88GwrL0kxlqP935jcxm

 

2020年8月31日 (月)

今年の「8月31日」

今日で8月も終わり,私の現役時代だったら

明日から「二学期」だった。

ところが今年は,新型コロナの大流行で,

入学式・始業式は遅れるは,授業もなかなか始められないはで,

学校関係はとんでもないことになっている。

特に,今年中学3年生の生徒たち・先生たちは,

最後の年をかなり制限された条件の中過ごさなくてはならず,

授業はもちろん,行事・部活にも大きな影響を受けた。

私は現在はほとんど学校に行くことはないが,

部活(男バレ)の大会には毎回応援に行っているし,

コーチと創設した「狭山丘陵杯」にはその後も関わらしていただいている。

それが私からの「エール」ということで・・・。

事が新型コロナでなければ,授業の補習もありうるのだが,

「勇み足」になってはいけないと,自粛している。

今年はすでに「夏休み」は短縮化され,「二学期」も始まっているが,

暑さに負けず,新型コロナにまけず,頑張ってほしいと思う。

2020年8月26日 (水)

33年ぶりの再会

新所沢の居酒屋でM(新任校の学区内)で,33年ぶりにK君と再会した。

私が中1の時に担任した生徒で,当時の印象はいたずら坊主。

今はたくましい大人になっていた。

当時は11クラスのマンモス校で,45人クラス。

修学旅行も11台のバスがつながるスゴイ人数だった。

私は26~28歳の時で,当然生徒や先生の話題も同じなので,

気が付いたら3時間くらい経っていた。

たまたま先輩に連れられて寄った店がMだったようだ。

偶然と言うのはすごい。

2020年8月22日 (土)

NHK「奇跡のレッスン」 8/20・21

2日間にわたって放送された番組を観て感動した。

中国人の書家・熊峰(ゆうほう)氏を招いての,書道部への1週間の指導。

いろいろな体験をさせながら,手本通りのコピーの字から自分を表現する字へと変化させていく。

最後に全員で1枚の大きな紙の作品を完成させるのだが,

それぞれの生徒たちの個性が発揮された素晴らしいものになっていた。

最後に熊峰氏が,「書は力」と朱墨で大書。

【奇跡のレッスン】

前編~

https://search.yahoo.co.jp/video/search?p=%E5%A5%87%E8%B7%A1%E3%81%AE%E3%83%AC%E3%83%83%E3%82%B9%E3%83%B3+%E5%86%8D%E6%94%BE%E9%80%81&tid=d7e1f88facc3213efafafba00fa9bb29&ei=UTF-8&rkf=2&dd=1

後編~

2020年8月20日 (木)

福山工業高校の平和への取り組み

今朝のNHKテレビでやったいたのだが,

戦争体験を風化させてはならないと

福山工業高校でVRの技術を使って当時を再現する

作品が作られたというので,検索してみた。

【VR爆心地】

https://www.youtube.com/watch?v=TdfHMXAL-lA

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ガソリンの一滴は血の一滴

たの社MLのやりとりの中で,

Yさんが教えてくれた話題である。

上の戦時標語をご存じでしょうか。

私は社会科の先生だったので,知っていたし教えてもいたが,

「どの国の人が」「いつ頃言ったのか」については知らなかった。

漠然と,日本の人が,第二次世界大戦の時に言ったのかなあと思っていた。

ところが事実は違っていた。以下,Yさんの文章です。

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 齋藤俊彦『くるまたちの社会史』中公新書に出て

いることです。
 「石油の一滴は血の一滴」という言葉がありますが,
これは「ある国の首相」が電報の中で使った言葉です。
齋藤さんは「ある国」をどの国のことだと書いていると
思いますか。
ア.日本。イ.イギリス。ウ.ドイツ。エ.その他。
〔問題2〕
 その電報は,いつの電報だと思いますか。
ア.第一次世界大戦以前(~1914)。
イ.第一次世界大戦中(1914~18)。
ウ.第一次世界大戦終了から第二次世界大戦まで(1919~39)
エ.第二次世界大戦以後(1939~)。
 僕の予想はアとエでした。みなさんはいかがですか?
(答は下に)



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 齋藤さんの本の216ぺには第一次大戦中の1917年に
フランスの首相クレマンソーがアメリカ大統領ウィルソンにあて
て,戦いに勝つには石油が必要であることを訴えた文の中で
使ったものだそうです。答は問題1はエで,問題2はイです。
 僕は日本のことで,第2次世界大戦中のことだと思っていました。
軍艦も戦闘機も戦車も,第一次世界大戦からは
石油が大量に使われましたから,そういわれればそうかな,と
思いました。フランスなど,欧州にとっては未曽有の
大戦でよほど苦しんだのだろうとも想像します。

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【ウィキペディア「ガソリンの一滴は血の一滴」】

https://search.yahoo.co.jp/search?p=%E3%82%AC%E3%82%BD%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%81%AE%E4%B8%80%E6%BB%B4%E3%81%AF%E8%A1%80%E3%81%AE%E4%B8%80%E6%BB%B4&fr=top_ga1_sa&ei=UTF-8&ts=18956&aq=-1&oq=&at=&ai=9ff88566-e626-484b-998b-9b7ba0188616

 

2020年8月 6日 (木)

もし75年前にSNSがあったら?

「戦争の風化」が言われて久しいが,

少しでもそれを食い止めようと現代的な試みがされている。

「NHKひろしま」が行っている「もし75年前にSNSがあったら?」という取り組みだ。

【もし75年前にSNSがあったら?】

https://www.nhk.or.jp/hibaku-blog/timeline/genbun/yasuko/432531.html

Logo

当時実際に書かれた日記を,ツイッターのつぶやきに変身させて,

当時の様子を追体験しようとするものだ。

ここではSNSは,「タイムマシーン」や「どこでもドア」のようなツールとなる。

75年前のできごとをリアルに感じられる,なかなか見事な取り組みなのだ。

ところで,仮説実験授業には《もしも原子が見えたなら》という授業書があって,

原子・分子の世界をイメージしやすいものにしていて,子どもたちにも好評である。

実際には原子・分子は肉眼では見えないくらい小さいものだが,

この授業書で原子論を学んだ子どもたちは,自由にそれを活用して問題を解いていく。

まるで科学者が自然の法則や原理を解明していく道筋を追体験できるようになっているのだ。

「NHKひろしま」は《もしも原子が見えたなら》は知らないと思うが,

深い平和への願いから「もし75年前にSNSがあったら?」を考案されたのではないかと思う。

これらが平和学習へと利用されたら素晴らしいと思う。

2020年8月 4日 (火)

赤門塾・50周年記念祝賀会

私も中学生時代からお世話になっている赤門塾が50周年を迎え,

11月に記念祝賀会を開くという連絡をいただいた。

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赤門塾・・・1970年スタート(肥さん,12歳。14歳からお世話になる)

      1980年,長谷川宏著『赤門塾通信 きのふ・けふ・あす~こどもたちとの知的共同体を求めて』(現代書館)

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      1982年,肥さんが埼玉県の中学社会の先生になる。

      1990年,長谷川宏著『おとなと子どもの知的空間づくり〜赤門塾の20年』(明治図書)

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      2018年,肥さんが退職する。勤続36年。全部所沢市内の中学校

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      2020年,50周年記念パーティー

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私が中学社会の先生になったのと赤門塾は,やはり関係が深いと思う。

読書会,遠足,夏の合宿,学年末の演劇祭での子どもたちとの魅力的な取り組みは,

当然教職に向かわせるものが多分にあったと思うからである。

そして,1983年に私は,幸運にも『たのしい授業』(仮説社)とも出会う。

その雑誌も,今年の1月で500号を数えた。   

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