2019年5月20日 (月)

長谷川宏先生の新聞記事

阿部海太郎君のお母様が,

朝日新聞に掲載された長谷川宏先生の記事を送って下さいました。

どうもありがとうございます。

子育てに関する記事で,私は長谷川家の子育てを40年前から見ていたので,

とても懐かしく思いました。

「基本的に自由だが,約束はしっかり守らせた。比較的長男には厳しかった」ように思います。

まあ,初めての子ということもあったろうし,下の子たちは「兄のふり見て」やっていくわけですしね。

松田道雄の「育児の百科」は名著ですし,長谷川家でも利用されていたということですね。

今長谷川家では「子育て」から「孫育て」(長女の3人の子たち)の段階になっています。

年齢を見たら79歳になっておられました。びっくりです。

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2019年5月18日 (土)

社会科サークル 2019年5月

昨日は,上記のサークルに参加した。

参加者は,大石さん.篠原さん.宮崎さん.山田裕さん.私の5名。

内容は,大きく分けて3つ。

(1)埼玉大会の際の所沢支部担当のCコースの打ち合わせ。

(2)私の報告・・・「方位の考古学」の提唱に向けて。10月例会で,研究発表の練習をさせてもらいます。

(3)社会科サークルの総会。資料作り,お疲れさまでした。私は会計報告。

あとは,各種の集会のビラの説明があったが,

例会に参加している人は,みな忙しくて,なかなか参加できなさそうでした。

来月は,6月20日(木)。本田さんと越後さんの報告の予定です。

 

【一般社団法人設立ネット】

https://www.koueki-houjin.net/shadan/

歴教協は,これになったそうです。

2019年5月11日 (土)

今年も「再会」の年になる予感が・・・

昨年は,実に「再会」に恵まれた年で,最初に担当した学年との34年ぶりの,

小3・小4の時の担任の先生との50年ぶりの,教育実習の時の担当の先生との34年ぶりの再会に恵まれた。

昨夜,酒処「まこ」からの帰り道,ふと寄った「楽屋(ささや)」にまた運命の再会が仕組まれてした。

何年ぶりという言い方で言えば,中学卒業以来21年ぶりの再会である。

M・Hさんが13~15歳で私が37~39歳の年に所沢市立M中でお会いしていた。

お兄さんのT・H君はその3年前に13~15歳の時,私は34~36歳の時お会いしていることになる。

お兄さんの時には8クラス,妹の彼女の時には7クラスあり,2人の社会科の先生で学年をみていた。

なので,たぶん1~2年をN先生が教えて,3年の時私が教えていたのだと思う。

 

『肥さんのこの10年~50代の仕事』に載せた「肥さん年図」によると,こんなふうな3年間だった。

1995年・・・1―5担任。阪神・淡路大震災。中国旅行(西安,北京,香港)。ガリ本『肥さんの「多元的古代」通信』を発行

1996年・・・2ー3担任。ガリ本『5組かわら版』を発行。この頃,EM(有用微生物群)に興味を持つ

1997年・・・3ー6担任。『たの授』に初めてグラフを描く(これを皮切りに,8年間で7本描く)

 

M・Hさんが「もしかして,M中でお世話になった肥沼先生では・・・」と声を掛けてくれたおかげで,今回の「再会」は実現した。

ありがたいことである。(おなじみの「カナダ報告」の千恵さんは,M・Hさんの2年後輩にあたる)

卒業アルバムをめくってみたら,おちゃめなポーズをして写っていた。自然体の感じは今も変わらない。

 

肥さん年図を書き写していて思ったのだが,私の前半の充実期で,ガリ本も作り,グラフも描き,海外旅行にも行っていた。

その後,私は8年間勤務したM中から隣のK中に異動し,後半期をスタートさせる。

社会科かるた,埼玉・社会の科学サークルの主宰(3年間),パソコン導入(メールマガジン,ホームページ,ブログ)。

 

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2019年5月 9日 (木)

「ご学友」が語る新天皇の学生時代

「なかなかいいな」と思ったので,リンクさせてもらうことにしました。

https://news.nifty.com/article/domestic/society/12280-268381/

2019年5月 6日 (月)

「句会戦線」異状あり!(続・さつき祭)

昔「西部戦線異状なし」という映画があったそうだが,

https://ja.wikipedia.org/wiki/西部戦線異状なし_(映画)

昨日のさつき祭では,その逆に「句会戦線異状あり!」だった。

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プロ野球観戦が2時間半で終わってしまった私は,

家に帰るには早すぎるし,さつき祭に戻って宴会だけ参加するのは申し訳ない・・・

ということで,句会の結果だけ教えてもらってく帰ることにした。

タイミングよく,40あまりの投句への投票が終わり,集計するところだった。

最多の10票(満票は25か26)で,Kさんの「つばめと出くわした」という作品。

これはさすがに巧者の俳句だなあという感じ。9票はなく,次は8票の発表である。

〇 装丁の 仕事に知あり さつき祭(8票)

最初に投票した人が選んだ理由を話し,最後に作者が名乗り出て解説するシステム。

「この句の作者はどなたですか?」「はい,私(肥さん)です・・・」

これまで何回も句会に参加したことはあったが,上位入選は初めてのこと。

俳句というより,祝い句という感じではあるが,素直にうれしかった。

ところが,7票,6票と来て,次の5票句でまた異変が起こった。

また,私の作品が登場したのだ・・・。

〇 地域猫も 二度寝重ねる 十連休(5票)

作者解説の時,「もう,いつ死んでもいいです。

ようやく私の句が理解される時代が来た!」と話したら,超ウケていただきました。

これまで一度も上位入選したことのなかった私がいきなり二句とも選ばれるとは,

やはり「退職して肩の力が抜けたせい」というのが,当たらずしも遠からずかな。

最初は「句会の結果だけ聞いて帰る」という予定が,宴会にまで参加。

2時間以上お邪魔してしまった。

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いただいた賞品の保冷グラス

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お品書き

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第一次ごちそう(追加もいっぱい)

2019年5月 4日 (土)

憲法記念日に考える~「請願権から見た憲法論」

昨日の夜,元生徒の保護者であり,食の研究者であり,

請願権についての裁判も行っていらっしゃる I さんのお誘いに乗り,

上記の会に参加してきた。

会場は,羽村市コミュニティーセンターで,参加者は8名だった。

(インターネットで調べて,中野と越谷から来た若い人もいてビックリ)

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主催者の「オンブズ大統領」が自説を述べ,参加者に自由に意見を言ってもらう形で,

10分間の休憩をはさみ,2時間あまり過ごした。

久しぶりで,脳みその「普段使わない部分」を使って,刺激があった。

ただ,各論が多いので,憲法・法律についての知識がない人はつらいかも。

世界史の中での「1689年,権利の章典」とか学校で習ったところからやっていただけると,

あまり知識のない人でも「ああ,イギリスからスタートした権利なのね」とか行けると思った。

でも,自分の先輩にあたるような年齢の人が頑張っていると思うと,

方法は違うが私も「何かを頑張りたい」という気になった。

ありがとうございました!

「オンブズ大統領」さんのブログをリンクしておきます。

https://blogs.yahoo.co.jp/petition16kenpou?__ysp=44Kq44Oz44OW44K65aSn57Wx6aCY

2019年4月30日 (火)

「1968」の敗北を経て見えてきたもの(長谷川宏さん)

川瀬さんがリンクして下さった記事の,続編のインタビュー記事に,

私がお世話になった長谷川先生&赤門塾のことが出てくるところがある。

昨日もリンクしたが,本文としてもアップしておきたい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 大学は離れましたが、研究は続けたいと思っていました。当初は、塾は生活費をかせぐためで、研究が主、子供たちに教えることは従と、割り切っていた。完全に別ものであって、二つが交錯することはないだろうと予想していた。

 

 それが、少しずつ、変わっていくんです。

 OGやOBの中に卒業後も勉強や遊びに来る子たちがいて、彼らを中心に、塾の小中学生を巻き込んでハイキングに出かけたり、読書会をしたり、1週間から10日ほどの合宿をしたりするようになりました。合宿は廃校になった小学校などを借りる。みんなで日程を考え、役割分担を決め、食材の調達から調理、配膳、それにディスコや肝試し大会などのイベントも企画する。夜は星空を仰ぎ見ながら、ドラム缶風呂です。これが子供たちには新鮮だったらしく、好評でね。

 それから、もう1つ大きかったのは演劇祭。出演者の顔ぶれに合わせて脚本を選び、配役をきめ、稽古をし、発表の日を迎えるんです。

 そういう活動を通して、子供たちとの関係も深まり、日々の授業も変わっていきました。僕も、そのために費やす時間が長くなるんだけれど、研究の時間が削られるのをネガティブに感じることはなくなった。むしろ、すべてが実に「面白い」と思えるようになった。

 ――たとえば、どんなことですか。

 大学にいたときは、どうしても観念的に考えていた言葉が、多少とも現実と結びつくようになった。個人の主体性とか、平等とか公正とか、連帯といった、もろもろの言葉を、日常の具体的な出来事とかかわらせて考えられるようになったのです。

 たとえば合宿で、喫煙する中学生がいたとするでしょう。行為の是非をどう考えるか、その是非を当人にどう分からせるか、どんな罰を課すか。そんな一つひとつのことを、子供たち、大人たちが当人も交えて議論していったのです。

 あるいは塾の勉強の最後に読書の時間を取って、600ページもある、ミヒャエル・エンデの「はてしない物語」を10カ月かけて読み進めたことがあった。日が経つうちに、主人公の心の動きを生徒たちが共有し、順繰りでまわってくる朗読にも力が入っていく。みんなでいい朗読のリズムを作ろうとする。人間の共同性の発芽を、そんなところにも感じました。僕自身が子供たちにお礼を言いたいくらい。

子育ては不思議で、大きなよろこび

 ――イクメンの先駆けでもありますよね。

 はは、そうそう。子育ての経験は大きかったですね。

 僕は結婚しても子供はいらない、そのほうが研究に打ち込める、くらいの気持ちでいたのですが、保育士で子供と日々過ごしていた妻が、子供と過ごす時間は楽しい、ぜひうちでも子供がほしいと言う。で、結局、男女2人ずつ、4人の子供を育てました。

 僕は塾稼業も哲学研究も家での仕事でしたから、子供の保育園の送り迎えや病気のときの対応などは、僕の分担でした。当時は珍しがられたけど、ほら、戦後民主主義の申し子で、男女平等はたたきこまれていたでしょ。子育てに身を入れることに違和感はなかった。何より、子供がかわいくて。成長の過程につきあうことで、「生命体」に向き合うという言葉がしっくりきた。一つひとつ、不思議で、大きなよろこびでした。

子育てを通じて地域とのつながりが増え、つきあいを深めていく中で、近所の親しい人たちと一緒に読書会を始めた。自宅で開く会は3つ、別途、ドイツ語でヘーゲルを読む会、美学の会も。もう40年ほど続くものもある。

2019年4月29日 (月)

長谷川宏先生と私

先日,尊敬するお二人(板倉さんと古田さん)が同じ岡田甫(はじめ)先生に

若い時代に教わったということを書いた。

私の場合,そういう人としては長谷川宏先生であるかもしれない。

【長谷川宏】

https://ja.wikipedia.org/wiki/長谷川宏

ヘーゲルやサルトルなどの哲学についての研究者として特に有名だが,

長谷川先生が30代~40代の時私は10代~20代ということで,

赤門塾(埼玉県・所沢市)の生徒として,またOBとして親しくさせていただいた。

1940年島根県生まれで,まだお元気である。

時々長女の経営する和食店(楽屋・ささや)で歓談されている姿を見かけるし,

先日の演劇祭の時にお会いしたりもしている。

著書でいうと,『赤門塾通信きのふ・けふ・あす~こどもたちとの知的共同体を求めて』(現代書館)や

『おとなと子どもの知的空間づくり~赤門塾の20年』(明治図書)が私たちのことを書いている。

ぜひお読みいただきたいが,何を長谷川先生から学んだか,というのはなかなか難しいところで,

キーワードを並べることで,それに代えたいと思う。

「自由」「平等」「人間」「議論」「知性の勝負」「ことば」「くらし」「たまり場」

「春・秋のハイキング」「読書会」「勉強なしの夏合宿」「新春かるた大会」「演劇祭」

まだまだあるかな?

 

【全共闘とは何であったのか】(川瀬さんのご指摘で追加)

https://webronza.asahi.com/culture/articles/2018081000008.html

上の話の続き。

赤門塾ことも出てきます。

【「1968」の敗北を経て見えてきたもの】

https://webronza.asahi.com/culture/articles/2018081000009.html

 

2019年4月24日 (水)

クローザー松井の成長と面談における「1時間半」の法則

昨日も松井が,危なげなく8セーブ目をあげたが,それには秘密があるという。

これまで陥りやすかった「0点に抑えなくてはいけないという考えは捨て,

3点リードだったら2失点まではいい」と割り切るようになったのだという。

この男は,22歳にしてそれに気が付いた。やはり並大抵の投手ではない。

これからも楽天で,セーブをあげ続けてほしい。

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これと似たようなことが学校でもある。ピンチと言えば,保護者の苦情。

これについての考え方を示したのは,中一夫さんで,『学校現場かるた』(仮説社)だ。

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私はこの話を知り,最後の10年を余裕を持って過ごすことができた。

感謝である。

 

 

2019年4月20日 (土)

素晴らしい出会いがあった!

今日は素晴らしい出会いがあった。

東京都の中学社会の男の先生で,年齢はほぼ同じ。

東村山市にお住まいで,仮説実験授業も古田史学もご存じ。

話題がこんなに共通というのも珍しい!

歴史では,前方後方墳に関心を持って調べているそうだ。

うれしくなって,たまたま友人にあげようとバッグに入れていた

ガリ本『肥さんのこの10年~50代の仕事』を差し上げた。

「肥さん年図」も収録されているので,自己紹介に最適だ。

この「夢ブログ」の読者にもなってほしいとお願いした。

気楽にコメント入れて下さいね!😃

(Oさん,ご紹介ありがとうございました)

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