2020年4月 4日 (土)

水やりに行く

大地のめぐみの畑に水やりに行った。

ぽかぽかと暖かく,天気のいい日だった。

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2020年3月29日 (日)

大地のめぐみ(第2回) 3/28

週末の天気が大荒れになるという予報だったので,

昨日は大地のめぐみに参加してきた。

『たの授』公開編集会議が新型コロナのために中止になったので,

余裕を持って参加できると思ったからだ。(前回は3時間かかった)

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(1)トウモロコシのタネ植え

(2)里芋と八つ頭の種芋植え

(3)いんげんのタネ植え

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言葉で書くと簡単だが,これらをするためには,

畑を耕し,肥料を入れ,ベッドという台形のスタイルにした上で,

さらにマルチという穴あきビニールを敷くという段取りなのだ。

特に私はベッドの台形の上底と下底の寸法を勘違いしていたために,

「お手伝いしましょう」ということで,断る訳にもいかず,

さらに30分の作業が増えた。(またも腰が痛くなってきた)

  私が耕した幅(60cm)⇦ 指示書に書いてある幅

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  実際に必要な幅(約80cm)⇦ かなり広くなる

指導者は「指示した通りにやっていない」と思ったようだが,

その80cmというのは,指示書には書いてないのだ。

口頭で指示したのかもしれないが,初心者にとっては「初めての指示」が多すぎて,

とてもすべて頭に入れられなかったのかもしれない。

私は「自分が狭く作っ畑なら,収穫量が少ないのはしょうがない」と思うのだが,

指導者の方は「ベストの形を自分が考えたのに,指示した通りにやってくれていない」

と思っていたのだろう。

ちなみに,広げて掘ったところは,去年も通路だった場所のようで,

「トラクターで掘り起こしたのに,硬いなあ」と不思議がっておられた。

ということで,今回は30分短縮の目標は果たせず,3時間以上かかってしまった。

ちなみに,昨日は水分補給なしで3時間だったので,ヘロヘロになった。

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ビニール袋に植える数のタネが入れてある

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荷物置き用に新聞紙を持って行ったのは大成功

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もう1回「春植え」の作業がある模様

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今夜から雨が降るので,「水やり」は不要という指示。

夕方から雨が降り出し,現在も降っています。

雪にはなりませんでしたが…。

2020年3月28日 (土)

畑に行き,次の予定地を耕してくる

昨日自主的に畑に行き,次の予定地を耕してきた。

今回は経験を生かして,荷物は新聞紙の上に置き,

自由に動けるトレーナーでやったので,腰には来なかった。

また,「経験者たち」によって半分くらいの畑が耕されていたので,

それに合わせてやることができた。

これは一方で初心者が焦る原因でもあるのだが,助かる部分もある。

先週水やりをした菜っ葉類の新芽は,力強く育っていた。

雨のない週には水やりが必要だということがよく分かった。

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2020年3月22日 (日)

大地のめぐみ(水やり)

第1回の講習から1週間ほとんど雨も降らず,

水はけのよい畑からは水分がどんどん失われているように思えた。

そこで,あと1週間待ったら時すでに遅しと感じたので,

「水やり」に行くことにした。(自分で判断することになっている)

予想通り畑は大分乾いていた。

そして,うれしいことに,可愛い小松菜等の芽が

出ているのを確認することができた。

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2020年3月15日 (日)

大地のめぐみ(1) 3/15

本日,「大地のめぐみ」の1回目の講習と作業があり,行ってきた。

8割方は経験者で,講習で昨年との違いを聞いただけで取り掛かったが,

私たち初心者は講師の「ベッド作り」の見学から始まった。

講師のやることは頭では理解できたが,実際やってみると時間が掛かった。

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(1)ジャガイモ植え(2種類)

(2)小松菜と選択葉物の種まき(合計3種類)

(3)里芋のベッド作り(植えるのは来月)

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以上が本日の作業であった。

平均的には,1時間〜2時間の作業らしいが,

私は3時間掛かってしまった。

それは両隣の方が不在で,ベッドの位置を決めにくかったのと,

長時間の作業で腰が痛くなってしまったからであった。

しかし,天気も良く,土いじりできたことは,

これまでにない新鮮な体験だった。

次回は,2週間後の3月29日(日)。

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講師の説明と資料や種の配付

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講師が短時間で作った「ベッド」(種や苗を植えるところ)

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保温用の穴あきビニール(マルチ)

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本日の私の作業畑(ビニールの掛かっている3か所)

2020年3月11日 (水)

東日本大震災から9年

6時間目の授業が始まった直後の午後2時46分。

東日本大震災が起きた。

私が教室の生徒たちと「避難行動」を取り,

その後の放送で校庭に避難した。

私は安全主任として,ハンドマイクを手に,

今全員が経験した大きな地震について話した。

実は,その後で津波が発生し,多くの人が呑み込まれようとは,想像していなかった。

現在,死者・約1万6000人,行方不明・約2500人という。

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3月末で最後の学校へ異動した私は,

生徒たちにしばしば東日本大震災の経験を話題にした。

そして,1年半経った翌年の夏休みに仮説の夏の大会が松島で開かれたこともあり,

被災地を訪問する機会を持てた。

何かできることはないか・・・それが私にとっては「写真を撮ること」だった。

仙台・松島を起点として,石巻までの写真。

夜行バスに乗って早朝に気仙沼に着き,各地を巡って釜石までの間の写真。

さらに足をのばして,天台寺の瀬戸内寂聴の「法話」まで。

大きな被害を出した大川小学校や校舎自体が使えなくなった石巻小にも行った。

そのたびに授業でその写真を紹介し,生徒たちに見てもらった。

また,かつての勤務校の保護者の方たちとの被災地支援コンサートも,

いろいろな人たちとの出会いや再会をもたらしてくれた。

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その後,陸前小野の「おのくん」の取り組み(靴下で作る人形)も応援し,

今でも仙台・楽天の応援の際,日中に訪問したりしている。

たぶん,今年も仙台・楽天ツアー(母のショート・ステイとペアにして)を行う。

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東日本大震災から9年。それらの日々は私にとって決して無駄なものではなかった。

しかし,物理的な復興はできても(それさえ十分でなかったり,まったく行っていなかったりする現実),

心の復興には程遠いのかなと思う。

今朝テレビでやっていたのだが,津波の為の防潮堤が,台風19号の洪水をためるダムと化してしまった

ということを取り上げていた。

二重に被害に遭い,二重にローンに苦しんでいる人たちがいる。

(未完)

 

 

2020年3月 8日 (日)

農園との契約

先ほど「大地のめぐみ」という体験農場に行き,

農園との契約をしてきた。

なんと,農園主は地元の中学の1年先輩にあたる方だった!

(中学時代廊下ですれ違っていただろう)

だいたい予想していた内容だったが,連作障害を気にしているらしく,

種をまき,収穫をする土地の細かい計画が印象的だった。

「夢ブログ」でもその様子をお知らせしたいと思う。

60区画ほどある農地は,常連の方が8割方で,

残りが私たちのような初めての人だ。

15年くらい前に始めた時から続けてきた人が,そろそろ引退で,

その穴を新人が埋める感じだろうか。

要領がわかってくると短時間でできるらしく,

「作業が終わったら,途中で帰っても良い」ということだった。

何枚か写真をどうぞ・・・。

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2020年2月20日 (木)

ガウディのサグラダファミリア

高校時代のクラス会の話はすでに書いたが,

その後謎の写真がスマホに貼り付けてあった。

ラインの写真送信で,説明がない。

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「行ったの?」と書き込むと,

高校時代の友達と行ったらしい。

「私は長い間社会科を教えてきたけど,

スペインには行ったことがない」と書くと,

初めてのヨーロッパ旅行で訪問したらしい。

つかの間のラインの楽しいおしゃべりだった。

【サグラダファミリア】

https://ja.wikipedia.org/wiki/サグラダ・ファミリア

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私は30歳くらいの時,板倉聖宣さんたちと

「ヨーロッパ科学史の旅」に行った。

イギリス(ロンドン・マンチェスター)とフランス(パリ)と

イタリア(フィレンツェ・ベニス・ローマ)だ。

あれから30年経ったが,その思い出は強く残り,

中学社会の授業にも大いに役立った。

2020年1月19日 (日)

出雲の「泊まれる博物館」が好評

上記の博物館が好評だそうだ。

混んでいる美術館や博物館を見て回るのは,

それだけでマイナス・イメージが湧くが.

これなら「博物館+宿泊」で一石二鳥だ。

アイデア・マンが・いるものだ。

【出雲の「泊まれる博物館」が好評】

https://news.nifty.com/article/item/neta/12150-533010/

2020年1月17日 (金)

1月17日は・・・

(1995年)1月17日は,25年前阪神・淡路大震災が起きた日だ。

私はその日の朝テレビで関西で大きな地震が起き,

大変なことになっていると知った。

知り合いの塾の先生だった田辺さんの仮設住宅の支援でその様子がわかった。

学校としての義援金集めが中心だった。

それから,16年した2011年3月11日には,東日本大震災。

私は6時間目の授業を始めた直後だった。

避難訓練ではなく,初めて実際の地震のため校庭に避難した。

その年私は「安全主任」だったので,校長先生より早く全校生徒を前に

話をしなければいけなかった。

それから,暗い新所沢の町や発電灯の下での成績付けを経験した。

また,ブログで1週間その様子を書き続け,そして止めた。

仮説実験授業研究会の夏の大会が,松島で行われ,それを期に私は始動した。

私の写真を見て,何かを感じてくれる生徒たちがいることに気が付いたからである。

その夏の東松島を皮切りに,石巻・女川・気仙沼・陸前高田と北上していき,

釜石まで行った後,大川小学校にも行くことになった。

釜石まで行った際には,天台寺の瀬戸内寂聴の話も聴きに行った。

私の40代後半からの10年間は,もっとも東北地方に縁のあったものとなった。

(この「夢ブログ」の中の「旅行・地域」のコンテンツにそれらは収録してあります)

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