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2022年1月25日 (火)

筑紫史益という人

古賀さんの「洛中洛外日記」に筑紫史益のことが出てきた。

日本書紀に一度だけ登場する筑紫史益という人。

九州年号の中に位置づけてみるとこんな感じだ。

30年近く重職を担当してきたようだが・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

継体・・・517~521年(5年間)
善記・・・522~525年(4年間)
正和・・・526~530年(5年間)
教到・・・531~535年(5年間)
僧聴・・・536~541年(5年間)
明要・・・541~551年(11年間)
貴楽・・・552~553年(2年間)
法清・・・554~557年(4年間)
兄弟・・・558年(1年間)
蔵和・・・559~563年(5年間)
師安・・・564年(1年間)
和僧・・・565~569年(5年間)
金光・・・570~575年(6年間)
賢接・・・576~580年(5年間)
鏡当・・・581~584年(4年間)
勝照・・・585~588年(4年間)
端政・・・589~593年(5年間)
告貴・・・594~600年(7年間)
願転・・・601~604年(4年間)
光元・・・605~610年(6年間)
定居・・・611~617年(7年間)
倭京・・・618~622年(5年間)・・・・・・・・・・・・・筑後(久留米市)から筑前太宰府(倭京)に遷都?

仁王・・・623~634年(12年間)   
僧要・・・635~639年(5年間)
命長・・・640~646年(7年間)             
常色・・・647~651年(5年間)
白雉・・・652~660年(9年間)◆
白鳳・・・661~683年(23年間)・・・・・・・・・・・・筑紫史益が662(691-29)年に「典」に拝される
朱雀・・・684~685年(2年間)
朱鳥・・・686~694年(9年間)◆・・・・・・・・・・・・持統紀五年(691年)正月条に持統天皇による次の詔が見えます。

                               「詔して曰わく、直広肆筑紫史益、筑紫大宰府典に拝されしより以来、今に        

                               二十九年。清白き忠誠を以て、あえて怠惰まず。是の故に、食封五十戸・ふ  

                               とぎぬ十五匹・綿二十五屯・布五十端・稲五千束を賜う」


大化・・・695~703年(9年間)◆
大長・・・704~712年(9年間)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

筑紫史益が太宰府典に拝されたということは,九州王朝の内部の出世をしたということであり,

それなのに,大和が主導権を握った持統天皇の頃になってたくさんのものを賜ったということだから,

唐・新羅との白村江の戦いの戦中・戦後の混乱期に両王朝の間に入って尽力したということだろう。

そうでないと,出世と賜物との間に矛盾が生じるからだ。

しかし,その後筑紫史益は歴史から姿を消す。

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古田史学」カテゴリの記事

コメント

肥沼さんへ

 古賀さんたちは(肥沼さんも)定説派の読みに従って、筑紫史益に褒美を賜ったのは持統だと読んでいる。しかし書紀原文を見ればわかるように
 >詔曰「直廣肆筑紫史益、拜筑紫大宰府典以來於今廿九年矣。以淸白忠誠、不敢怠惰。是故、賜食封五十戸・絁十五匹・綿廿五屯・布五十端・稻五千束。」
 
 これは主語を省略して「〇〇と詔す」の形式で書かれた文なのだから、褒美を賜った主体は九州王朝の天皇だ。大和大王の持統ではない。
 またこの筑紫史益を褒賞した記事の直前にも多くの王族や官人が同じく褒美を賜っている。
 この記事もまた主語を省略して「〇〇に〇〇を賜う」という書き方だから主体は九州王朝の天皇だ。

 この持統五年の記事の翌年の6年の五月に天皇が伊勢を訪問する記事が出てきて、直前の一月に中納言直大貳三輪朝臣高市麻呂が「農繁期に伊勢を訪問することを諫めて」官位をはく奪される記事がある。大和から伊勢への行幸など大して費用が掛かるものではないのなぜ諫めたか。
 この記事を九州王朝天皇が九州から伊勢に行幸してそのまま大和に遷座した記事と読めば(万葉集の人麻呂の歌の注に「日本紀」の記事を引用してそう書いてあるが)、九州⇒伊勢⇒大和遷座への反対と理解すれば納得できる。
 持統5年というのはいよいよ持統が九州王朝天皇を大和に移し、そこに建設中の藤原京を都として九州王朝から大和大王家が権力を譲り受ける動きをし始めた時期と捉えれば、先の筑紫史益を始めとして多くの王族や官人を褒賞している記事は、九州王朝の天皇が大和に遷座するに際して、長く仕えてきた人々に褒美を与えたものと理解でき、何の矛盾もないと思う。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉 この持統五年の記事の翌年の6年の五月に天皇が伊勢を訪問する記事が出てきて、直前の一月に中納言直大貳三輪朝臣高市麻呂が「農繁期に伊勢を訪問することを諫めて」官位をはく奪される記事がある。大和から伊勢への行幸など大して費用が掛かるものではないのなぜ諫めたか。
 この記事を九州王朝天皇が九州から伊勢に行幸してそのまま大和に遷座した記事と読めば(万葉集の人麻呂の歌の注に「日本紀」の記事を引用してそう書いてあるが)、九州⇒伊勢⇒大和遷座への反対と理解すれば納得できる。

なるほど,なるほど。

〉 持統5年というのはいよいよ持統が九州王朝天皇を大和に移し、そこに建設中の藤原京を都として九州王朝から大和大王家が権力を譲り受ける動きをし始めた時期と捉えれば、先の筑紫史益を始めとして多くの王族や官人を褒賞している記事は、九州王朝の天皇が大和に遷座するに際して、長く仕えてきた人々に褒美を与えたものと理解でき、何の矛盾もないと思う。

なるほどね。
川瀬さんによる「日本書紀」全体の新解釈(主語有無の論証による)を,早く書いていただきたいです。

PS そういえばこの「詔」のことについては,半年ほど前にやっていましたね。
身についていないこと,はなはだしい。(恥)

持統紀の「詔」について【51】 【26】~【33】
(26)五年春正月癸酉朔、賜親王・諸臣・內新王・女王・內命婦等位。己卯、賜公卿飲食衣裳、優賜正廣肆百濟王餘禪廣・直大肆遠寶・良虞與南典、各有差。乙酉、増封、皇子高市二千戸通前三千戸、淨廣貳皇子穗積五百戸、淨大參皇子川嶋百戸通前五百戸、正廣參右大臣丹比嶋眞人三百戸通前五百戸、正廣肆百濟王禪廣百戸通前二百戸、直大壹布勢御主人朝臣與大伴御行宿禰八十戸通前三百戸、其餘増封各有差。・・・・・丙戌、詔曰「直廣肆筑紫史益、拜筑紫大宰府典以來於今廿九年矣。以淸白忠誠、不敢怠惰。是故、賜食封五十戸・絁十五匹・綿廿五屯・布五十端・稻五千束。」・・・・・戊子、天皇幸吉野宮。乙未、天皇至自吉野宮。

(現代語訳・十四日,詔して,「直廣肆筑紫史益は,筑紫大宰府の典に任ぜられてから,今に至る二十九年間。,淸白き忠誠心をもって,たゆまず仕えてきた。故に,食封五十戸・絁十五匹・綿廿五屯・布五十端・稻五千束を与える」といわれた。・・・・・ )

前後の文脈から・・・主語なし

☆ 九州王朝の史料の盗用ではないか

>川瀬さんによる「日本書紀」全体の新解釈(主語有無の論証による)を,早く書いていただきたいです。

「古田史学」系の人で、私の「主語有無」の論証による日本書紀解釈に注目した方は何人もいるが、自分でやってみようとした人は皆無で、みんな「川瀬頼み」になっている。
 あ・・・忘れてた。
 一人だけ「主語有無」の論証で日本書紀を読んでみようとした人が。
 肥沼さん。
 「詔」だけだったけどね。
 分析方法はわかっても、実際にやってみるのは結構大変だとわかったかな?

 全文解読をしようとすると、膨大な時間がかかる。
 それより「〇〇の箇所はどう解釈したらよいですか?」と聞いてくれれば、その都度答える形で解釈できるのだけど。

 そうそう。上城さんに頼まれた「安閑紀」「宣化紀」の解釈。半分ほどはできたのだが、まだだった。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

「詔」のほかに,「拝す」や「賜る」も天子用語だと思います。
数えてみたら,拝が91,賜が339でした。
分布だけでもやってみますか。

肥沼さんへ

>「詔」のほかに,「拝す」や「賜る」も天子用語だと思います。
数えてみたら,拝が91,賜が339でした。
分布だけでもやってみますか。

 もちろん「拝」「賜」も天子用語です。
 でも「詔」でも、本来の九州王朝天皇の詔の場合と、大和大王の命令を詔形式で書き直したものとがあったのですから、「拝」や「賜」でも同様の、大和大王の行為を天子形式に書き直したものがあるはず。

 これは分布だけではわかりません。
 はっきりさせたいのなら、一つ一つ検討するしかないです。
 いや、検討しなければ意味はない。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

筑紫史益ですが、もう少し考えてみたいと思います。ネットで太宰府出土戸籍木簡に関連してーと検索すると、上城の試論がでます。お読み下さい。

上城さんへ
コメントありがとうございます。

〉 太宰府出土戸籍木簡に関連して

読ませていただきたいと思います。

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