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2021年12月 7日 (火)

日本書紀に出てくる温泉

古事記にはほとんど温泉の話題は出てこない。

(伊余温湯が1回出てくるくらいか)

ところが,日本書紀には,たくさん温泉が出てくる。

「温泉」で検索したしたら0で,「温湯」と古代は言っていたのかな。

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伊予温湯(愛媛県)・・・舒明2回

有間温湯(兵庫県・武庫には宮があった,須磨の関もあった)・・・舒明,幸徳,

牟婁(むろ)温湯(和歌山県)・・・斉明

紀温湯(和歌山県)・・・斉明

束間温湯(長野県松本市)・・・天武

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これらには,別府の温泉などの九州島内の温泉は出てこない。

もちろん日本書紀の前身である本には出てきているのだと思う。

しかし,それでは元本がバレてしまうので,あえて「畿外」の温泉をチョイスしたと思われる。

なお,温泉につかるのも目的だが,それ以上に「敵情視察」という意味があっただろう。

伊予湯岡碑(愛媛県)リプリカ

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古田史学」カテゴリの記事

コメント

肥沼さんへ

>なお,温泉につかるのも目的だが,それ以上に「敵情視察」という意味があっただろう。

 つまりこの畿内の温泉に入ったのは九州王朝の天皇だという見方ですね。
 でもこれを確定するには、それぞれの温泉に関する記事の主語がどうなっているかを確認しないとだめですね。
 上の畿内の温泉に入った人が近畿天皇家の大王などの場合も含まれているはずだ。

 ※予想 おそらく舒明紀の伊予と有馬の温泉入湯記録が九州王朝天皇のもの。

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