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2021年11月 9日 (火)

戦国時代のイメージ

室町時代の後半を,戦国時代と呼びますが,いったいどのくらいの戦いが起きたのか誰も教えてくれません。

日本テレビ「ひと目でわかる!!」(火曜,午後9時~)を観ていたら,その回数が出ていました。

戦国時代は,応仁の乱(1467年)から秀吉の全国統一(1590年)までの120年あまりを言いますが,

その番組では「380の戦いが行われていた」と言っていました。

100年は1200か月ですから,割り算すれば,毎年3回ほど全国のどこかで戦いが起きていた計算になります。

それがずっと続いていたというわけですから,「戦国時代」というのもうなづけますね。

それに対して江戸時代は,ほとんど国内での戦いがなかった訳ですから,安心して自分の仕事が行えたでしょう。

人口も江戸時代前半で約2倍の3000万人になることができました。

このことは板倉聖宣著『日本歴史入門』(仮説社)にも出てきますね。

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Battle of Nagashino.jpg

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仮説実験授業」カテゴリの記事

コメント

肥沼さんへ

 Wikipediaの日本の合戦一覧でみると、およそ340ほどの合戦が示されていますね。

 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E5%90%88%E6%88%A6%E4%B8%80%E8%A6%A7#%E6%88%A6%E5%9B%BD%E6%99%82%E4%BB%A3

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉  Wikipediaの日本の合戦一覧でみると、およそ340ほどの合戦が示されていますね。

カウントの仕方によっても変わってくるのだと思いますが,
300以上は合戦があったといっていいのでしょう。
まさに「戦国時代」ですね。

肥沼さんへ

 手元に「織田信長合戦全録」(中公新書)なる本があるのですが、そこに書かれた合戦の数はおよそ100。49年の生涯で100ですから年に二回の計算。初陣は14歳なので35年で100回の合戦を行ったことになり年に3回ですね。
 たった一人の戦国大名でこの数です。
 織田家でも彼の父信秀が行った数多くの合戦があるでしょう。
 他の戦国大名家でも120年の期間があれば都合4・5代は代わっている。それぞれが多数の合戦をしていたことでしょうから、300などでは収まらないでしょうね。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

「合戦の定義」があればいいのですが,
残念ながらありませんね。
他の時代と比べて信じられないくらい合戦が多かった時代
・・・ということでしょうか。

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