« ついに子猫もベランダまで到達 | トップページ | 先ほど猫の母子の様子を見てきました »

2021年11月 8日 (月)

土佐国分寺の発掘が進んでいるらしい

今私も存じ上げている二つのサイトで,土佐国分寺のことが話題となっている。

史跡指定のこともあって,発掘が進んでいるらしいのだ。

その結果,従来より縦長の範囲が寺域だったということが分かってきたらしい。

動向に注目していきたい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【新たな教科書問題】

http://rekisi.tosalog.com/

【sanmaoの歴暦徒然草】

https://sanmao.cocolog-nifty.com/reki/2021/11/post-973ce4.html

Photo_20211106155301

 私は、過去の発掘報告書を精査する作業をする予定を立てています。なぜなら縦型の伽藍配置は、ほかにも「山田寺式」「大官大寺式」及び信濃国分寺のような「金堂院」型の伽藍配置(この伽藍配置だけ様式名称がないのが不思議です)があるからです。それらの想定伽藍配置に対して、過去の発掘調査の結果を調べて、矛盾する伽藍配置を消去する作業が必要です。(山田さん)

 

 

« ついに子猫もベランダまで到達 | トップページ | 先ほど猫の母子の様子を見てきました »

古田史学」カテゴリの記事

コメント

肥さん
夢ブログに取り上げていただき、ありがとうございます。

ご存じのように、土佐国分寺は聖武太上天皇周忌斎會を執り行った東大寺と26ヶ国の国分寺の1ヶ寺です。とすれば、詔に「敬造七重塔一区」とある「七重塔」がないとなれば大問題です。七道に巡察使を分けて派遣し、七重塔建設の進捗状況を監察させているわけですから、斎會用の荘厳具を頒下された26ヶ寺は七重塔の完成を巡察使が確認したと考えなければなりません。監察に任じられる者は朝廷内で特に信任が厚い者であるはずですから、基本的に「見逃しや虚偽の報告などない」と考えるべきです(「七重塔」でないことはすぐにバレます)。
また、現在庭園に立てかけられている心礎がせいぜい三重塔クラスのものであるからといって、それが周忌斎會を執り行った土佐国分寺の心礎であるとは断言できません。何度も火災に遭っての再建国分寺なのですから、現在の金堂がある位置に聖武周忌斎會時の国分寺の金堂があったとも断言できないでしょう。
正方形の伽藍地にも縦型の中枢伽藍があるくらいですから、縦型の伽藍地には縦型の中枢伽藍が建っていたと考える方が自然ではないでしょうか。ほんの一例として「四天王寺式伽藍配置」を想定したものを提示したわけです。
そんなわけで、縦型の伽藍配置の古式寺院をいくつか想定して、発掘状況(トレンチ結果)と照らし合わせる作業を行うことにしたという次第です。時間はかかると思いますが、土佐国分寺に「七重塔」があったかなかったかは大きな問題ですから、やらざるを得ないと考えました。焦らずにぼちぼちとやっていくつもりです。

山田さんへ
コメントありがとうございます。

『新修 国分寺の研究』(吉川弘文館)はお持ちですか?
土佐国分寺についても,40ページほど報告書が載っています。
使われるようでしたら,コピーして送りますが・・・。

肥さん
ご厚意、ありがとうごさいます。
是非とも、コピーを頂戴致したいと存じます。
コピー代などはご請求ください。手間も掛かっていますので、実費だけでもお支払しなければ申し訳ないです。
急ぎませんので、宜しくお願いいたします。

山田さんへ
コメントありがとうございます。

〉 是非とも、コピーを頂戴致したいと存じます。
コピー代などはご請求ください。手間も掛かっていますので、実費だけでもお支払しなければ申し訳ないです。
急ぎませんので、宜しくお願いいたします。

分かりました。送らせていただきます。
前にいただいているコピー代がまだありますので,ご安心を。
最近の報告書は,高知県の教育委員会にご請求下さい。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« ついに子猫もベランダまで到達 | トップページ | 先ほど猫の母子の様子を見てきました »

2022年6月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
無料ブログはココログ