« あの素晴らしい「黒缶」をもう一度 | トップページ | 西武戦 10/16 »

2021年10月16日 (土)

興福寺の南円堂

「興福寺の北円堂」が八角堂ということなら,

平安時代に入りますが「興福寺の南円堂」も八角形です。

(時代を広げすぎると収まらなくなりますが…北円堂に対して南円堂ということで)

解説は,ウィキペディアで・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

南円堂は藤原北家藤原冬嗣が、父・内麻呂追善のため、弘仁4年(813年)に創建した八角堂である。創建時の本尊は、もと興福寺講堂に安置されていた不空羂索観音像であった。この像は天平18年(748年)、その前年に没した藤原房前の追善のため、夫人の牟漏女王、子息の藤原真楯らが造立したものであった。堂は西国三十三所第9番札所として参詣人が絶えないが、堂の扉は常時閉ざされており、開扉は10月17日の大般若経転読会という行事の日のみである(2002年(平成14年)秋、2008年(平成20年)秋、2013年(平成25年)春に特別開扉が行われた)。堂内には本尊である不空羂索観音坐像の他、四天王立像と法相六祖像を安置する。堂の前に生える「南円堂」は南都八景の一つで、毎年、美しい花を咲かせている。

  • 木造不空羂索観音坐像(国宝) - 運慶の父・康慶一門の作で、文治5年(1189年)に完成。坐像で高さ336センチの巨像である。
  • 木造四天王立像(国宝) - 元々南円堂にあったもの。その後、仮金堂に移されていたが、2017年(平成29年)に東京国立博物館で開催された「運慶展」後に南円堂に戻された[11]。運慶の父・康慶一門の作。2018年(平成30年)度に国宝指定[16][17]
  • 木造法相六祖坐像(国宝) - 運慶の父・康慶一門の作。玄賓行賀玄昉神叡常騰善珠という、法相宗の6名の高僧の肖像。(※右列に伝・行賀像の画像あり)

南円堂 - 法相宗大本山 興福寺の画像

« あの素晴らしい「黒缶」をもう一度 | トップページ | 西武戦 10/16 »

古田史学」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« あの素晴らしい「黒缶」をもう一度 | トップページ | 西武戦 10/16 »

2021年12月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
無料ブログはココログ