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2021年10月11日 (月)

群馬県の「八角形遺跡」の謎

川瀬さんから教えていただいた市の資料(リーフレット)のなかに,

他の遺跡の「八角形」が出ていた。チェックしておこう。

https://www.city.isesaki.lg.jp/soshiki/kyoikubu/hogo/8489.html

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【三津屋古墳(群馬県吉岡町)】

墳丘は二段構築から成る八角墳で、7世紀中葉以後の主に天皇陵に採用された形式といわれており、全国でも10例程が知られるにすぎない極めて珍しいものです。本古墳は葺石や墳丘の陵角が良好に残り、立体的にその存在が確かめられた唯一の例として全国から注目を浴びています。

現在古墳は本来の姿に復元整備され、一般に公開されています。

三津屋古墳

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【武井廃寺塔跡(群馬県桐生市)】

円錐状(えんすいじょう)の加工石は塔の中心礎石である、という見解から、ここは古代の寺院があった跡とされ、武井廃寺塔跡(たけいはいじとうあと)として昭和16年に国指定史跡になりました。しかし、ここは武井字松原峯の標高210mの丘陵性台地の尾根上にあり、かなり傾斜地であることや、寺院の土台を支えた礎石も全く発見されていないのです。これがで、寺院の塔跡と断定することが長い間疑問視されてきました。昭和44年の調査で、八角形三段の石積の墳丘が発見されたことがきっかけとなり、現在は奈良時代の火葬墳墓との見解が強く支持されています。

武井廃寺塔跡(八角形墳・武井廃寺古墳)/武井古墳群【群馬県桐生市(旧 ...

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※ 天皇の高御座も八角形

 古代において八角形は特別な意味があったようです。平城宮大極殿で天皇が座る玉座である高御座は八角形ですし、当時の天皇のお墓は八角形をしています。(パンフの説明より)

高御座の写真

建物の前に幡も立っていたとなると,偉い人(九州王朝の天皇など)が入る場所だった可能性もあるかもしれませんね。

同じ群馬県の新田官衙遺跡は,郡(評)衙としては泉官衙とともに2例しかない石敷きが敷かれていましたし,

直轄地を巡行するなんてことも・・・。

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コメント

肥沼さんへ

 三津屋古墳(群馬県吉岡町)と武井廃寺塔跡(群馬県桐生市)、とても興味深いですね。

 この史跡の話。どのリーフレットに乗っていましたか?

 他にも群馬県には八角形の古墳があるようですね。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

次のサイトに出ていました。
https://www.city.isesaki.lg.jp/material/files/group/96/syousouato.pdf

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