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2021年9月 7日 (火)

西日本新聞・こどもタイムズ「筑紫君磐井 どんな人? 福岡県八女市 「岩戸山古墳」を訪ねて」

先日岩戸山古墳についての話題の中で川瀬さんがコメントして下さった

岩戸山4号古墳についての記事をスマホで読みました。

西日本新聞・こどもタイムズの内容をリンクしてみました。

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【西日本新聞・こどもタイムズ】

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/372016/

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古田史学」カテゴリの記事

コメント

磐井の乱は不思議です。継体は磐井を討ったあとの領地分割を宣言しています。長門より東は継体、西は物部。筑紫の国造と云いながら、実際には、継体の上位者のようです。また、川瀬さんにお願いしている宣化天皇の詔勅を見ても、筑紫主人、近畿家来の構図に変化はありません。何故でしょうか❓お考え下さい。

磐井の乱には何の不思議もありません。
通常の読みは、磐井と相対したのが継体であるかのように偽装した書紀編者の罠にはまっただけです。

磐井を討ったあとの領地分割宣言と見られる宣言は、磐井を討つために大和から駆け付けた物部アラカヒに対して長門に避難していた九州王朝天皇が言ったことば。
長門より東は我が治め、長門より西はアラカヒが治めよ。
乱後の分割統治ではなく、当面乱を平定するまでは、長門以西の統治権は物部アラカヒにゆだねるという意味。
あたりまえです。
すでに長門より西の九州王朝の領域、筑紫・火・豊は磐井が占領しているので、九州王朝天皇の統治権は及ばない。
九州王朝天皇の統治権は、長門より東の固有の領域+近畿天皇家の固有の領域+それ以東の東国しか及ばない。
磐井が占領している地域の処置はアラカヒに任せたという意味でしかないです。

磐井の乱は、九州王朝内の天皇位を巡る王族同士の争いと理解しないと意味が通じません。

近畿天皇家・オオド王とその家臣物部アラカヒは、磐井に追い出された九州王朝天皇を助ける立場で乱に参入しただけです。

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