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2021年9月 5日 (日)

浅間塚古墳は「武蔵国造の乱」期の古墳だ

埼玉古墳群に入るのか入らないのかビミョーだった浅間塚古墳(径58mの円墳)。

〈方位の考古学〉を使って川瀬さんに「仲間」に蘇らせていただきました。

土器編年による年代比定だと「7世紀前半」なのですが,

〈方位の考古学〉によって100年遡らせて「6世紀前半」に,

これはちょうど534年の武蔵国造の乱に合うことになりました。

古墳群の一部とされることもある 」というビミョーな表現に活路がありました。

川瀬さんに感謝いたします。

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浅間塚古墳(埼玉県行田市)

【ウィキペディア】

Gyoda Sengenduka Tumulus 1.JPG

浅間塚古墳(せんげんづかこふん)は、埼玉県行田市にある円墳である。埼玉古墳群のすぐ東にあるため、古墳群の一部とされることもある。別名浅間山古墳。

高さ8.7メートル、直径58メートルの円墳であり、市内の八幡山古墳白山神社古墳と並行する7世紀前半の築造と思われる。最近まで古墳なのか、それとも後世に築造されたなのか、議論されていたが、1997年1998年発掘調査で幅10メートルの周濠が確認され、古墳であることが明らかになっている[1]。変形が激しく、元々は『新編武蔵風土記稿[2]に記されている大きさから、前方後円墳であったという説もある。現地案内板では円墳説を採っている。

出土品に関しては不明。墳頂には延喜式の式内社である前玉神社(さきたまじんじゃ)が鎮座している。そのため、この古墳の周りには歌碑などが多い。

また、この古墳のすぐ側には、消滅した若王子古墳の石室の天井石で造られた日露戦役記念碑が有る。

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古田史学」カテゴリの記事

コメント

肥沼さんへ

 この古墳の上には前玉神社が鎮座し、むかしは古墳上の宮が上の宮、下の宮が下の宮と言われたという。
 祭神は、前玉彦命と前比売命。
 つまり前玉郡(埼玉郡)の郡司となった豪族の祖先神を祭っているということ。
 延長5年(927年)成立の『延喜式』神名帳に掲載された式内社だから、この時期以前に6世紀前半の古墳の上に社が設けられたということ。
 つまりこの古墳の主こそ埼玉郡司の祖先と理解されていたのではないでしょうか。
 つまり武蔵国造の笠原直使主ではないかな?

 令制の国が設けられたとき、本来ここを支配してきた地方豪族はその本拠地の郡司に任命されている。
 ここを考えれば、武蔵国造である笠原直使主は武蔵国が置かれたとき、その本拠地である埼玉郡司に任命されたものと思われます。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉  つまりこの古墳の主こそ埼玉郡司の祖先と理解されていたのではないでしょうか。
 つまり武蔵国造の笠原直使主ではないかな?

すごいすごい。
歴史が「今」とつながりましたね!

ところで,浅間塚古墳が「埼玉古墳群」から外されたりした理由は,
やはり1つだ一つだけ年代比定が7世紀前半と,他と大きく違っていたからですかね?

浅間塚古墳が埼玉古墳群から外されていた理由。

解説にちゃんと書いてありますよ。
>最近まで古墳なのか、それとも後世に築造された塚なのか、議論されていたが、1997年と1998年の発掘調査で幅10メートルの周濠が確認され、古墳であることが明らかになっている[1

 1997年98年の調査で周濠が見つかるまで古墳と確定していなかったからだ。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉  1997年98年の調査で周濠が見つかるまで古墳と確定していなかったからだ。

何だ,そうか。
では,それまでは何と呼ばれていたのでしょうね?

>では,それまでは何と呼ばれていたのでしょうね?

 これも説明にある。
 別名は浅間山古墳。

 またウィキペディアの前玉神社の項に以下のように説明がある。
>中世の動向は不明であるが[2]、社伝によると忍城中にあった浅間社を勧請してからは「浅間社」と号し、鎮座する古墳は富士山に見立てられていたという[2]。初め古墳上の神社は「上ノ宮」、中腹にある神社は「下ノ宮」とされていたが、明治に入り上ノ宮は「前玉神社」、下ノ宮は「浅間神社」と定められたとも伝える[2]

 つまり浅間山、もしくは浅間塚。これは昔、忍藩が浅間社を勧進したから。浅間社が鎮座する山、もしくは人工物としての塚という意味。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉 つまり浅間山、もしくは浅間塚。これは昔、忍藩が浅間社を勧進したから。浅間社が鎮座する山、もしくは人工物としての塚という意味。

お手数お掛けしました。
「みんな書いてあった」ようですね。(笑)

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