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2021年9月19日 (日)

中心王朝は,ずっと九州島から出なかった

古賀さんの「洛中洛外日記」の「九州王朝の末裔たち~『続日本後紀』にいた筑紫の君」によると,

古田武彦氏らによって,明らかにされた倭王やその一族の名前は,以下のようであるという。

★は,肥沼が補ったものです。

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三世紀 卑弥呼(倭風名称)              ★弥生時代の金属器(青銅器・鉄器)の中心は,北部九州であった(肥沼)
    壹與 (国名+中国風一字名称)
           〈『三国志』魏志倭人伝〉      ★「古事記」には,女王の記事は出て来ない。

四世紀 倭王旨(中国風一字名称)            その代わりとして?「日本書紀」には「神功皇后」が登場する。(肥沼)
           〈七支刀・石上神宮蔵〉
五世紀 倭国王・倭讃(国名+中国風一字名称)     ★〈方位の考古学〉によれば,5世紀前半に岩戸山古墳(八女市)が,

    倭国王・珍 (中国風一字名称)            5世紀後半には田主丸大塚古墳(久留米市)が作られた。(肥沼)
        倭隋(国名+中国風一字名称)
    倭国王・済 (中国風一字名称)
    倭国王・興 (中国風一字名称)
    倭国王・武 (中国風一字名称)
           〈『宋書』倭国伝〉

六世紀 日十大王年 (倭風名称+中国風一字名称)
              〈人物画像鏡・隅田八幡神社蔵〉
    委意斯移麻岐弥(国名+倭風名称、倭石今君か)
              〈『日本書紀』継体紀「百済本記」〉
    筑紫の君磐井 (倭風名称)                  ★筑紫は,北部九州の呼び名である。(肥沼)
              〈『筑後国風土記逸文』〉
    筑紫の君葛子 (倭風名称)
              〈『日本書紀』継体紀〉
    筑紫君の兒・筑紫火君〔弟〕
          火中君 〔兄〕
             〈『日本書紀』欽明紀「百済本記」〉

七世紀 阿毎多利思北孤(倭風名称)
             〈『隋書』イ妥国伝〉          ★『隋書』には,阿蘇山(熊本県)の記事が出て来る(肥沼)
    上宮法皇   〈法隆寺釈迦三尊光背銘〉
    筑紫の君薩夜麻  (倭風名称)
              〈『日本書紀』天智紀〉

イ妥(たい)*は、人偏に妥。ユニコード番号4FCO。

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古田武彦氏の『失われた九州王朝』(朝日新聞社。角川文庫。朝日文庫。現在は手はミネルヴァ書房から復刊)には,

「序章 連鎖の論理」として,「中国側は前二世紀から七世紀に至る倭国側の中心の王朝を,

"一貫して連続した王朝"と見なしているのではないか?」と書かれている。

つまり,九州王朝説が古代を理解する一番有力な考え方だということだ。

近畿王朝は,九州王朝(主戦派)の白村江の敗戦のあと,本家である九州王朝を併呑し,

「日本書紀」という偽装の書を使って,「自分たちこそが本家である」と主張し始めたのだった。

(近畿で作られていた「古事記」は,鎌倉時代に再発見されるまでその存在を隠されたので,

「続日本紀」には登場しない。「なかった」ことにされたのだった)

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