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2021年8月20日 (金)

屯倉の置かれた地域(改訂版)

「日本書紀」では,安閑紀を中心に屯倉が集中している。

年代的には6世紀前半ではないかと思われる。

これは『酸素同位体比年輪年代法』に掲載の,

史跡出雲国府出土の大きな木柱の「534~535年」という比定にも適っている。

「九州から関東まで屯倉が置かれた」といわれる屯倉だが,

具体的にどんな地域なのか,43個の中からわかるものだけ挙げて行く。

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【九州】 筑紫・豊国・火国・多禰

【四国】 阿波

【中国】 安芸・播磨・備後・丹波

【近畿】 河内・摂津・大和(倭)・紀国・近江・伊賀

【中部】 尾張・駿河

【関東】 武蔵・上総・上毛野

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一元史観では,近畿王朝が設置したということになるのだろうが,

7世紀末・8世紀初頭の「ONライン」より前だから,この設置者は九州王朝ということだ。

屯倉が6世紀前半の頃設置され,その上に国府があるということは,間違いないのではないか。

史跡・出雲国府から出土したといわれる「534~535年の木柱」は,

そんな示唆を与えてくれるように思った。

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コメント

肥沼さんへ

 安閑紀に出てくる屯倉ですが、かなり抜けていますね。
【中国】安芸が抜けている。
【近畿】摂津 大和(倭)が抜けている。
【関東】武蔵 上総が抜けている。

 他の紀の屯倉を見ても、出雲に置かれたという記録はないですね。

 やはり出雲国府から見つかった6世紀前半の木材は、この地を治めた豪族居館のものだったのではないでしょうか。

 国府の置き方にはいろいろあると思う。
 武蔵はまさに安閑紀で置かれた多摩屯倉に置かれた。有力豪族の支配地域を避けて、それ以前からの朝廷の支配地域に国府を置いた例だ。
 でも有力豪族に依拠して国府を置いた例もあるのではないでしょうか。

川瀬さんへ
コメントあ【中国】安芸が抜けている。
【近畿】摂津 大和(倭)が抜けている。
【関東】武蔵 上総が抜けている。

ありがとうございます。補っておきます。

 他の紀の屯倉を見ても、出雲に置かれたという記録はないですね。

国名のないものに可能性があるかもしれませんが・・・。

 やはり出雲国府から見つかった6世紀前半の木材は、この地を治めた豪族居館のものだったのではないでしょうか。

 国府の置き方にはいろいろあると思う。
 武蔵はまさに安閑紀で置かれた多摩屯倉に置かれた。有力豪族の支配地域を避けて、それ以前からの朝廷の支配地域に国府を置いた例だ。
 でも有力豪族に依拠して国府を置いた例もあるのではないでしょうか

〉 そういうことはあるかもしれません。とにかく全国に拠点を置きたかったことに間違いはないでしょうね。 

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