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2021年8月29日 (日)

「日本書紀」の「賜」の分布

「日本書紀」の「詔」の検討は,いかに「日本書紀」が偽装の書であるか,

また「昔から日本列島を治めて来たのは近畿王朝である」ということをインプットする

歴史思想書(「歴史書」分類ではなく)とも言うべき存在であることを教えてくれた。

さて,天皇がしたことを表す表現に「賜」(~してあげた)という言葉がある。

375個あった「詔」(~と言った)ほどではないが,それに近い339個あった。

「恩賜公園」などという用法で,今でも使われている。

では,「日本書紀」のなかに,「賜」はどのように分布していると思いますか?

ア.ほぼ均等に分布している

イ.天皇によって,かなり分布が違う

(今回は分布を調べるだけで,「主語有無」のような検討はやりません)

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日本書紀 巻第一 神代上秋瑞穗之地、宜汝往脩之。」廼天瓊戈。於是二神、立於天上浮橋、投戈求地。因畫滄海而引舉之、卽戈鋒垂落之潮、結而爲嶋、名曰磤馭慮嶋。二神、降居彼嶋、化作八尋之殿、又化竪天柱。陽神問陰神曰「汝身有何成耶。」對曰「吾身具成而有稱陰元者一....→ このページで合計2件ヒット

日本書紀 巻第二 神代下宜試之。」於是、高皇産靈尊、天稚彥天鹿兒弓及天羽羽矢以遣之。此神亦不忠誠也、來到卽娶顯國玉之女子下照姬亦名高姬、亦名稚國玉、因留住之曰「吾亦欲馭葦原中國。」遂不復命。是時、高皇産靈尊、怪其久不來報、乃遣無名雉伺之。其雉飛降、止於....→ このページで合計9件ヒット

日本書紀 巻第三 神武天皇紀牽納於皇舟、以爲海導者。乃特名、爲椎根津彥椎、此云辭毗、此卽倭直部始祖也。行至筑紫國菟狹。菟狹者地名也、此云宇佐。時有菟狹國造祖、號曰菟狹津彥・菟狹津媛、乃於菟狹川上、造一柱騰宮而奉饗焉。一柱騰宮、此云阿斯毗苔徒鞅餓離能宮。是時....→ このページで合計5件ヒット

日本書紀 巻第六 垂仁天皇紀蘇那曷叱智、仍齎赤絹一百匹、任那王。然、新羅人遮之於道而奪焉。其二國之怨、始起於是時也。一云、御間城天皇之世、額有角人、乘一船、泊于越國笥飯浦、故號其處曰角鹿也。問之曰「何國人也。」對曰「意富加羅國王之子、名都怒我阿羅斯等、亦名....→ このページで合計7件ヒット

日本書紀 巻第七 景行天皇~成務天皇、武諸木等、先誘麻剥之徒。仍赤衣・褌及種々奇物、兼令撝不服之三人。乃率己衆而參來、悉捕誅之。天皇遂幸筑紫、到豐前國長峽縣、興行宮而居、故號其處曰京也。冬十月、到碩田國。其地形廣大亦麗、因名碩田也。碩田、此云於保岐陀。到速見邑、有....→ このページで合計5件ヒット

日本書紀 巻第九 神功皇后紀至古爰津、屠南蠻忱彌多禮、以百濟。於是、其王肖古及王子貴須、亦領軍來會、時比利・辟中・布彌支・半古四邑自然降服。是以、百濟王父子及荒田別・木羅斤資等、共會意流村今云州流須祇、相見欣感、厚禮送遣之。唯千熊長彥與百濟王、至于百濟國登....→ このページで合計5件ヒット

日本書紀 巻第十 応神天皇紀、遂欲殺矣。天皇勅之令釋、仍紀伊直等之祖也。十一年冬十月、作劒池・輕池・鹿垣池・厩坂池。是歲、有人奏之曰「日向國有孃子、名髮長媛、卽諸縣君牛諸井之女也、是國色之秀者。」天皇悅之、心裏欲覓。十三年春三月、天皇遣專使、以徵髮長媛。秋....→ このページで合計5件ヒット

日本書紀 巻第十一 仁徳天皇紀起以拜朝。明日、美盾人宿禰而名曰的戸田宿禰、同日、小泊瀬造祖宿禰臣名曰賢遺臣。賢遺、此云左舸能莒里。冬十月、掘大溝於山背栗隈縣、以潤田、是以、其百姓毎年豐之。十三年秋九月、始立茨田屯倉、因定舂米部。冬十月、造和珥池。是....→ このページで合計4件ヒット

日本書紀 巻第十二 履中天皇~反正天皇復命。於是、喚弟王以敦寵、仍村合屯倉。是日、捉阿曇連濱子。元年春二月壬午朔、皇太子卽位於磐余稚櫻宮。夏四月辛巳朔丁酉、召阿雲連濱子、詔之曰「汝、與仲皇子共謀逆、將傾國家、罪當于死。然、垂大恩而兔死科墨。」卽日黥之、因此、時人曰阿....→ このページで合計1件ヒット

日本書紀 巻第十三 允恭天皇~安康天皇分明欲知其狀、乃令小墾田采女酒于玉田宿禰、爰采女分明瞻衣中有鎧而具奏于天皇。天皇設兵將殺、玉田宿禰乃密逃出而匿家。天皇更發卒、圍玉田家而捕之乃誅。冬十有一月甲戌朔甲申、葬瑞齒別天皇于耳原陵。七年冬十二月壬戌朔、讌于新室。天皇親之....→ このページで合計2件ヒット

日本書紀 巻第十四 雄略天皇紀對曰「上君之命、不可奉違。願君婦而後奉遺。」加須利君、則以孕婦嫁與軍君曰「我之孕婦、既當産月。若於路産、冀載一船、隨至何處、速令送國。」遂與辭訣、奉遣於朝。六月丙戌朔、孕婦果如加須利君言、於筑紫各羅嶋産兒、仍名此兒曰嶋君。於是軍....→ このページで合計21件ヒット ●●

日本書紀 巻第十五 清寧天皇~仁賢天皇有背於皇太子。乞、降洪恩、救他命。」漢彥、乃具爲啓於大伴大連、不入刑類。小根、仍使漢彥啓於大連曰「大伴大連、我君、降大慈愍、促短之命、既續延長、獲觀日色。」輙以難波來目邑大井戸・田十町送於大連、又以田地與于漢彥、以報其恩。是月、....→ このページで合計11件ヒット ●

日本書紀 巻第十七 継体天皇紀、遣穗積臣押山、使於百濟。仍筑紫國馬卌匹。冬十二月、百濟遣使貢調、別表請任那國上哆唎・下哆唎・娑陀・牟婁、四縣。哆唎國守穗積臣押山奏曰「此四縣、近連百濟、遠隔日本、旦暮易通、鶏犬難別。今百濟合爲同國、固存之策、無以過此....→ このページで合計18件ヒット ●

日本書紀 巻第十八 安閑天皇~宣化天皇茅渟山屯倉也。」與毎國田部給香々有媛、以難波屯倉與毎郡钁丁給貺宅媛。以示於後、式觀乎昔。」詔曰「依奏施行。」閏十二月己卯朔壬午、行幸於三嶋、大伴大連金村從焉。天皇使大伴大連、問良田於縣主飯粒。縣主飯粒、慶悅無限、謹敬盡誠。仍奉獻....→ このページで合計1件ヒット

日本書紀 巻第十九 欽明天皇紀四縣、大伴大連金村輙依表請許所求。由是、新羅怨曠積年、不可輕爾而伐。」於是、大伴大連金村、居住吉宅、稱疾不朝。天皇、遣靑海夫人勾子、慰問慇懃。大連怖謝曰「臣所疾者、非餘事也。今諸臣等謂臣滅任那。故恐怖不朝耳。」乃以鞍馬贈使、厚相....→ このページで合計12件ヒット ●

日本書紀 巻第二十 敏達天皇紀其由。副使等乃作矯詐曰「天皇妻於大使、大使違勅不受、無禮茲甚。是以、臣等爲天皇殺焉。」有司、以禮收葬。秋七月、高麗使人罷歸。是年也、太歲壬辰。二年夏五月丙寅朔戊辰、高麗使人、泊于越海之岸、破船溺死者衆。朝庭、猜頻迷路、不饗放還。....→ このページで合計5件ヒット

日本書紀 巻第二十一 用明天皇~崇峻天皇、爲大寺奴田庄。以田一萬頃、迹見首赤檮。蘇我大臣、亦依本願、於飛鳥地起法興寺。物部守屋大連資人、捕鳥部萬萬、名也將一百人守難波宅、而聞大連滅、騎馬夜逃、向茅渟縣有眞香邑、仍過婦宅而遂匿山。朝庭議曰「萬、懷逆心、故隱此山中。早須滅....→ このページで合計1件ヒット

日本書紀 巻第二十二 推古天皇紀孺。 十二年春正月戊戌朔、始冠位於諸臣、各有差。夏四月丙寅朔戊辰、皇太子親肇作憲法十七條。 一曰。以和爲貴、無忤爲宗。人皆有黨亦少達者、是以、或不順君父乍違于隣里。然、上和下睦諧於論事則事理自通、何事不成。 二曰。篤敬三寶。三寶者佛....→ このページで合計3件ヒット

日本書紀 巻第二十三 舒明天皇紀仁對曰「風寒之日、飾整船艘以迎之、歡愧也。」於是、令難波吉士小槻・大河內直矢伏爲導者、到干館前。乃遣伊岐史乙等・難波吉士八牛、引客等入於館。卽日、給神酒。五年春正月己卯朔甲辰、大唐客高表仁等歸國。送使吉士雄摩呂・黑摩呂等到對馬而....→ このページで合計2件ヒット

日本書紀 巻第二十四 皇極天皇紀、喚百濟翹岐等。親對語話。仍良馬一匹・鐵廿鋌。唯不喚塞上。是月、霖雨。五月乙卯朔己未、於河內國依網屯倉前、召翹岐等、令觀射獵。庚午、百濟國調使船與吉士船、倶泊于難波津。蓋吉士前奉使於百濟乎。壬申、百濟使人進調。吉士服命。乙亥、翹....→ このページで合計8件ヒット

日本書紀 巻第二十五 孝徳天皇紀理、爲國博士。辛亥、以金策、阿倍倉梯麻呂大臣與蘇我山田石川麻呂大臣。或本云、練金。乙卯、天皇・皇祖母尊・皇太子、於大槻樹之下、召集群臣、盟曰。告天神地祇曰「天覆地載。帝道唯一。而末代澆薄、君臣失序。皇天假手於我、誅殄暴....→ このページで合計13件ヒット ●

日本書紀 巻第二十六 斉明天皇紀甲申、蝦夷二百餘詣闕朝獻、饗贍給有加於常。仍授柵養蝦夷二人位一階、渟代郡大領沙尼具那小乙下或所云授位二階使檢戸口、少領宇婆左建武、勇健者二人位一階、別沙尼具那等鮹旗廿頭・鼓二面・弓矢二具・鎧二領。授津輕郡大領馬武大乙上....→ このページで合計5件ヒット

日本書紀 巻第二十七 天智天皇紀徵乎。元年春正月辛卯朔丁巳、百濟佐平鬼室福信矢十萬隻・絲五百斤・綿一千斤・布一千端・韋一千張・稻種三千斛。三月庚寅朔癸巳、百濟王布三百端。是月、唐人・新羅人伐高麗、高麗乞救國家、仍遣軍將據䟽留城。由是、唐人不得略其南堺....→ このページで合計21件ヒット ●●

日本書紀 巻第二十八 天武天皇紀上夏五月辛卯朔壬寅、以甲冑弓矢郭務悰等。是日郭務悰等物、總合絁一千六百七十三匹・布二千八百五十二端・綿六百六十六斤。戊午、高麗遣前部富加抃等進調。庚申、郭務悰等罷歸。是月、朴井連雄君、奏天皇曰「臣、以有私事、獨至美濃。時....→ このページで合計6件ヒット 

日本書紀 巻第二十九 天武天皇紀下託基皇女。乙酉、有勳功人等、爵有差。三月丙戌朔壬寅、備後國司、獲白雉於龜石郡而貢。乃當郡課役悉免、仍大赦天下。是月、聚書生、始寫一切經於川原寺。夏四月丙辰朔己巳、欲遣侍大來皇女于天照太神宮、而令居泊瀬齋宮。是、先潔身、稍近神之所....→ このページで合計71件ヒット ●●●●●●●

日本書紀 巻第三十 持統天皇紀內礪杵道作等、卅餘人。庚午、死皇子大津於譯語田舍、時年廿四。妃皇女山邊、被髮徒跣、奔赴殉焉、見者皆歔欷。皇子大津、天渟中原瀛眞人天皇第三子也、容止墻岸、音辭俊朗、爲天命開別天皇所愛、及長辨有才學、尤愛文筆、詩賦之興、自大津始也。....→ このページで合計96件ヒット ●●●●●●●●● 

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●は10件を表しました。すると,最後の2人に極端な数の「賜」が現われました。(339のうち,過半数の173です)

天武紀~上下で,77件

持統紀~96件

今回は「主語有無」はやらないと書きましたが,やはり気になるので両方の紀の「最後の1つずつ」だけ調べてみます。

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【天武紀】(赤鳥元年)六月己巳朔、槻本村主勝麻呂賜姓曰連、仍加勤大壹位、封廿戸。

  (現代語訳・六月一日,槻本村主勝麻呂に姓を賜わり連といった。勤大壹を加え,二十戸の食封を賜った )

【持統紀】(持統11)秋七月乙未朔辛丑夜半、赦常𨰃盜賊一百九人、仍賜布人四常、但外國者稻人廿束。

  (現代語訳・秋七月七日の夜半に,捕縛されている盜賊109人の赦免をきめられた。なお,人ごとに布四常を賜った。ただし,畿外の人には稻20束ずつであった )

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この赦免の約3週間後の8月1日,次の「日本書紀」最後の記事が登場する。

八月乙丑朔、天皇、定策禁中、禪天皇位於皇太子。

いわゆる「禅定」記事です。

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