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2021年8月20日 (金)

出雲国府は「7世紀後半から」なのか?

出雲国部で検索すると,以下のような説明が出ていた。

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島根県
奈良~平安
松江市大草町・山代町・竹矢町
指定年月日:19711213
管理団体名:
史跡名勝天然記念物
S46-5-118出雲国府跡.txt: 出雲国庁が意宇平野に所在したことは『出雲風土記』に明らかであるが、その所在地については最近の研究成果によって大草町字宮ノ後の付近が有力視されるにいたった。そこで昭和43年から3年間にいたってその付近を発掘調査した結果、奈良時代だけでも前後六時期に分けられる掘立柱建物の遺構であることが判明した。しかも発見された溝地割と出雲の総社六所神社脇の遺構を検討すると近江国衙(史跡)の地割とも一致し、出雲国庁の正庁後殿の位置もほぼ推定が可能となった。なお、大原評□」「進上兵士財□□□」などと読みうる木簡も出土し、国庁と同所にあったと『風土記』に記す意宇郡衙や意宇軍団の建物、ならびに上記遺構群の北方茶臼山の麓にひろがる条里制の遺構など、今後調査研究すべき範囲は広く、とりあえず遺構群を中心とする周辺地域を指定することになったものである。

平成26年10月 追加指定及び一部解除
 出雲(いずも)国府(こくふ)跡(あと)は,意宇平野中央やや西寄りに位置する古代出雲国の中心であった官衙(かんが)遺跡である。天平5年(733)に編纂された『出雲(いずも)国(のくに)風土記(ふどき)』に記載があり,これまでの島根県教育委員会等の発掘調査により政庁後殿もしくは正殿,後方官衙,国司館,付属工房の存在が明らかになっている。遺構は大きく六期に分類され,7世紀後葉から13世紀までのものが見つかっている。
 中心部と想定される六所神社は,出雲国の総社(そうじゃ)と考えられ,神社本殿の東からは政庁後殿もしくは正殿と考えられる四面廂付(しめんひさしつき)大型建物が見つかっている。

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私がコメントするとすれば,「7世紀後葉から13世紀まで」という部分である。

〈方位の考古学〉によって「7世紀後葉」は「7世紀前葉」と読み替えると,

九州王朝による出雲国府の時代があり,さらにその下層に

今回の木柱の「534~535年」(6世紀前葉)があるということなのだ。。

つまり「●●屯倉の上に2つの王朝の「出雲国府」が建てられた」ということなのだ。

Img_1389

【地層を縦割りにすると・・・】

〈表層部〉

出雲国府(近畿王朝によるもの)・・・8世紀初頭~13世紀

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出雲国府(九州王朝によるもの)・・・7世紀前葉

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●●屯倉(九州王朝によるもの)・・・6世紀前葉

〈下層部〉

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古田史学」カテゴリの記事

コメント

肥沼さんへ

 国府の前身が屯倉だったという可能性の指摘。
 大いにあると思いますね。

 例えば先日検証した孝徳紀には、屯倉を宮に改築した記事もありましたからね。子代屯倉⇒子代離宮。。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉  国府の前身が屯倉だったという可能性の指摘。
 大いにあると思いますね。

 例えば先日検証した孝徳紀には、屯倉を宮に改築した記事もありましたからね。子代屯倉⇒子代離宮。。

今回の場合,「史跡 出雲国府」から出た木柱の年代が534~535年という訳ですから,
可能性と思われます。

屯倉⇒宮に改造というのがありましたね。

ただし、出雲に屯倉が置かれたという記録はありません。

また、出雲国造の一人である淤宇宿禰の項(ウィキペディア)を見ると、
>意宇平野における発掘調査では、とりわけ国府跡の下層にある5世紀代の首長居館遺構からは、朝鮮半島系の土器が多数出土しており、渡来人の定住に意宇郡の首長が関与していたことが窺われ、その渡来人らを用いて、意宇川の付け替え工事も行われたらしいことも判明している。

 とありますから、元々の意宇郡を納めていた国造の館を取り払って国府政庁をつくり、その際に古材を再利用した可能性もありますね。

 一つ質問。
 534~535年と判定された木柱は、国府のどの建物の何に使われていた木材なのでしょうか。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉 出雲に屯倉が置かれたという記録はありません。

あると楽でいいのですが,国名の書いていない屯倉の中に入っているかもしれません。

〉 一つ質問。
 534~535年と判定された木柱は、国府のどの建物の何に使われていた木材なのでしょうか。

「島根県埋蔵文化財センターから提供を受けて分析した松江市の「史跡出雲国府」の木柱」と書いてありますが,
それ以上の説明は書いてありませんでした。

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