« 高校野球の決勝戦は,"智弁VS智弁" | トップページ | ロッテ戦 8/29 »

2021年8月29日 (日)

天武紀の「賜」と持統紀の「賜」

多数の「賜」が登場する天武紀と持統紀。

目立つのは「褒美を与えた」という形だが,

天武紀には「姓を賜った」というものが結構あった。

特に,52氏に朝臣を,50氏に宿禰を,11氏に忌寸を与えている。

「天武紀の〈姓授与記事〉」は,「八色の姓」のせいだと思うが,

 (主語なし)~賜姓日朝臣

 (主語なし)~賜姓日宿禰

 (主語なし)~賜姓日忌寸

という形式で,どれも主語なしなのだ。(「詔」と同じ)

九州王朝の史料の盗用だったということだろう。

これに対して持統紀には,特にそういう傾向は見られなかった。

(私が気がつかないだけかもしれないが・・・)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

八色の姓[ウィキペディア]・・・ちなみに天武は,「天渟中原瀛真人天皇 」といいます。

684年天武天皇13年)に、「八色の姓」が制定された。その目的は、上位の4姓、つまり真人朝臣宿禰忌寸を定めることである。真人は、継体天皇より数えて5世以内の世代の氏に与えられたといわれ、皇子・諸王につぐ皇親氏族を特定したので、飛鳥浄御原令で官位を皇子・諸王と貴族(諸臣)とで区別したことと共通する。したがって、貴族の姓としては、朝臣、宿禰、忌寸の3つである。以上が「甲子の宣」の大氏、小氏、伴造氏の発展形であり、その間にさらに氏族の再編が進められ、朝臣52氏、宿禰50氏、忌寸11氏に収められた。

 

『集古十種』より「天武帝御影」         「百人一首之内 持統天皇」        
矢田山金剛寺 蔵

※ こんな顔かたちをしていたかは,まったくわかりませんが・・・。

« 高校野球の決勝戦は,"智弁VS智弁" | トップページ | ロッテ戦 8/29 »

古田史学」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 高校野球の決勝戦は,"智弁VS智弁" | トップページ | ロッテ戦 8/29 »

2021年10月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
無料ブログはココログ