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2021年8月27日 (金)

パラリンピックを観ながら考えたこと

パラリンピックを観ていて,こんなことを思った。

「すごいなあ。でも,自分にはとてもできないなあ・・・」と。

だけど,これは,健常者と障碍者の間に

勝手に線引きをしてしまっているのかもしれない,と思った。

パラリンピック 競技のイラスト素材 - PIXTA

彼らには,まず「その競技をやってみたい!」という気持ちがあり,

では「どうしたらできるか」という段階が次にあり,

そして,気が付いてみるとパラリンピックに出場できるほどになっていたのではないか。

何を言いたいかというと,古代史研究の話である。

「私たちは,古代史研究に対して「健常者」なのか?」と・・・。

まず心構えの問題として,歴史教科書=「日本書紀」を越えて

歴史を考えることにブレーキをかけていないか。

もしそれが正しいという保証付きなら「暗記」の得意な人の勝ちだ。

だから「通説」というのは本来「多数派」という意味しかないはずなのに,

それを過大に忖度(そんたく)して「多数派だから安心だ」と自分をだますことになる。

特に,我が国ではいまだに,国体についての議論はまだタブーとなっている。(戦後76年なのに!)

また,自分が考えたことを発表するのにもブレーキをかけさせられる。

自分と違う考えのサイトに匿名でコメントし,悪口の書き放題。

そして,それを取り締まるルールもない。

(将来はルールが整備されると信じるが,

今はお金さえ出せば,パソコンやスマホという危険な「武器」を入手できるのだ)

まず「本当の歴史はどうなのか知りたい」という思いがあり,

「どうしたらそれがわかるか」という工夫をし,

さらにインターネットなどで世界に向けて発信する,という動きが自由にできる。

そうなって,初めて「本当のこと」が手に入る。

そんな気がしてならない。

パラリンピックの言葉・・・「オンリーワンの泳ぎで,ナンバーワンをめざす」というのがあるそうだ。

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古田史学」カテゴリの記事

コメント

肥沼さんへ

>特に,我が国ではいまだに,国体についての議論はまだタブーとなっている。(戦後76年なのに!)

 なぜ国体=天皇制についての議論はまだタブーなのか?
 戦争の終わり方と終戦後の新しい体制のでき方を考えてみればわかる。
 あのアメリカとの戦争は完全に負けていてポツダム宣言を受諾して無条件降伏するしかなくなった。
 だが日本政府はすぐには受託せず、当初は「無視」と宣言した。
 だから二発も原爆を落とされ、ソ連は友好条約を破棄して満州に侵攻した。
 そこでやっと宣言受諾だが、この時間差の理由は、連合国、とくにアメリカに対して天皇制の護持の約束を取り付ける必要があったからだ。
 アメリカの回答は、「国の在り方を決める権限は日本国民にあり=天皇制の問題は日本にまかせる」だった。
 ここに至ってようやくポツダム宣言を受諾し無条件降伏した。
 だがこれで終わりではなかった。
 一つは天皇の戦争責任の問題。
 実際の主権者なのだから責任追及は当然免れない。
 ここで問題なのは二つ。
 1は天皇退位⇒皇太子即位の問題(皇太子が未成年なので摂政が必要)
 2はやがて開かれる極東軍事裁判に天皇が被告として訴追されるか否か。

 1は摂政候補が戦争推進派の高松宮か秩父宮しかいないので天皇が拒否。天皇の即時退位は回避された。
 2は天皇自身は覚悟して、如何に自分が戦争回避早期終結に努力したかの証言をまとめた(「天皇独白録」)。
 だがここでもアメリカとの合意が天皇を救った。戦争終結と占領体制への平和的移行に果たした天皇の役割をみて、アメリカは天皇を訴追しないことに同意した。

 もう一つの問題は憲法上の天皇の位置づけ問題。
 戦後新しい憲法が問題になったとき「天皇主権」を降ろすという選択は為政者にはなかった。
 これを降ろさせたのはGHQ。
 天皇主権が軍国主義の基盤だったとの認識からだ。
 このため戦後の新しい憲法は、国民主権への転換を図りながらも、天皇制については「日本国民統合の象徴」という曖昧模糊とした規定で天皇制を残した。
 支配階級の象徴の認識は、現在の自民党が「国家元首」としていることに良く示されている。

 彼らは「政治に関与しない」との現行憲法の規定を廃止して、天皇家内部で継承される国家元首、に戻したいと画策している。実質的な君主制への回帰だ。
 民主主義派の象徴の認識は、イギリスにおける王室の、「君臨すれども統治せず」の認識だ。
 共産党は長らく天皇の存在そのものを認めないだったが、近年天皇の果たす民主主義的役割に目覚めて、イギリス型君主制に移行している。

 こうしたことが何の国民的議論もなく進んでいるわけ。

 だから古代史の根本的再検討、天皇家による歴史的統治=近畿王朝による統治は悠久の昔からという認識の再検討に手をつけることは至難のわざなのだ。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

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