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2021年7月14日 (水)

崇神紀の「詔」について~いずれも九州王朝系史料の「盗用」の疑いが?

神武紀の「詔」(主語なし)が九州王朝系の史料からの盗用とするとか,

続く崇神紀の9つの「詔」(主語なし)にもその疑いは向く。

その9つの「詔」と現代語訳を並べてみたい。

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(1)四年冬十月庚申朔壬午、曰「惟我皇祖・諸天皇等、光臨宸極者、豈爲一身乎。蓋所以司牧・人神、經綸天下。故能世闡玄功、時流至德。今朕奉承大運、愛育黎元、何當聿遵皇祖之跡、永保無窮之祚。其群卿百僚、竭爾忠貞、共安天下、不亦可乎。

(わが皇祖の諸天皇たちが,その位に臨まれたのはただ一身のためではない。神や人を整え天下を守るためである。だから,代々良い政治ひろめるために徳を布かれた。いま自分は大業を承って,国民を養うことになった。どのようにして皇祖の跡をつぎ,無窮の位を保とうか。群卿百僚たちよ,汝らの忠貞の心をつくして共に天下を安ずることは,また良いことではないか)

☆ 「九州王朝への協力要請」の盗用か?

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(2)七年春二月丁丑朔辛卯、曰「昔我皇祖、大啓鴻基。其後、聖業逾高、王風轉盛。不意今當朕世數有災害、恐朝無善政、取咎於神祇耶、蓋命神龜以極致災之所由也。」於是、天皇乃幸于神淺茅原、而會八十萬神、以卜問之。是時、神明憑倭迹々日百襲姬命曰「天皇、何憂國之不治也。若能敬祭我者、必當自平矣。」天皇問曰「教如此者誰神也。」答曰「我是倭國域內所居神、名爲大物主神。」時、得神語隨教祭祀、然猶於事無驗。天皇、乃沐浴齋戒、潔淨殿內而祈之曰「朕、禮神尚未盡耶、何不享之甚也。冀亦夢裏教之、以畢神恩。」是夜夢、有一貴人、對立殿戸、自稱大物主神曰「天皇、勿復爲愁。國之不治、是吾意也。若以吾兒大田々根子令祭吾者、則立平矣。亦有海外之國、自當歸伏。

(昔わが皇祖が大業を開き,その後歴代の御徳は高く王風は盛んであった。ところが思いがけず.今わが世になってしばしば災害があった。朝廷に善政がなく,神が咎を与えておられるのではないかと恐れる。占いによって災いの起こるわけを究めよう」といわれた。天皇はそこで神浅芽原ににお出ましになって,八十万の神々をお招きして占いをされた。この時に神明は倭トト日百襲姫命に神憑りしていわれるのに,「天皇はどうして国の治まらないことを憂えるのか。もしよく吾を敬い祀れば,きっと自然に平らぐだろう」と。天皇は問うて「このようにおっしゃるのはどちらの神ですか」と。答えていわれる「我は倭国の域の内にいる神で,名を大物主神という」と。この神のお告げを得て,教えのままお祀りしたけれどもなお験がなかった。天皇は斎戒沐浴して,殿内を浄めてお祈りしていわれるのに,私の神を敬うことがまだ不充分なのでしょうか,どうしてそんなに受け入れていただけないないのでしょう。どうかまた夢の中で教えて,神恩をお垂れ下さい」と。この夜の夢に一人の貴人が現われ殿舎に向かって,自らを大物主神と名乗って,「天皇よ,そんなに憂いなさるな。国の治まらないのは,吾が意によるものだ。もしわが子大田田根子に,吾を祀らせたら,たちどころに平ぐだろう。また海外の国も自ら降伏するだろう」とつげた。

☆ 「大物主神や別に八十万群神を祀った結果,内政外交の憂いは消え,五穀は稔り百姓は賑わった」という話を盗用したか?

大物主神を大国主神と同じと考えると,九州王朝は出雲王朝を「国譲り」という形で侵略し,大国主を引退させて,政権を奪ったという過去に負い目を感じていたのではないかと思う。それが,大物主神が現われてしまった。大国主が政権をゆずりして引退した際,今後神として出雲大社に祀るという約束だったのではないか。大物主神が現われるということは「その約束が守られていないぞ。ちゃんと約束を守れ」ということで,あわてて祀ることにしたのだと思う。この話は近畿王朝の話とすると分かりにくいが,九州王朝の話だと考えれば理解しやすいと思う。ただ,出雲神話は「古事記には出て来る」が「日本書紀には出て来ない」というわけで,その為「なぜ大物主神を祀ることになったのか」という背景がわからない。「無いのには,無い理由」があったのだ。

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(3)十年秋七月丙戌朔己酉、群卿曰「導民之本、在於教化也。今既禮神祇、災害皆耗。然遠荒人等、猶不受正朔、是未習王化耳。其選群卿、遣于四方、令知朕憲。」

(民を導く根本は教化にある。今,神々をお祀りして,災害はすべてなくなった。けれども遠国の人々は,まだ王化に預かっていない。そこで卿等を四方に遣わして,わが教化を広めたい)

☆ 「全国支配への宣言」の盗用か?

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(4)九月丙戌朔甲午、以大彥命遣北陸、武渟川別遣東海、吉備津彥遣西道、丹波道主命遣丹波。因以之曰「若有不受教者、乃舉兵伐之。」既而共授印綬爲將軍。

(もし教えに従わない者があれば兵を以て討て。それぞれ印綬を授かって将軍となった)

☆ 「武力を使ってでも支配するぞ」という宣言の盗用?

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(5)冬十月乙卯朔、群臣曰「今反者悉伏誅、畿內無事。唯海外荒俗、騷動未止。其四道將軍等、今急發之。」丙子、將軍等共發路。

(今は,反いていた者たちはことごとく服した。畿内には何もない。ただ畿外の暴れ者たちだけが騒ぎを止めない。四道の将軍たちは今すぐに出発せよ)

☆ 近畿王朝の古事記には「畿(都)」という言葉は存在しない。なので,これが1番の盗用例か

十一年夏四月壬子朔己卯、四道將軍、以平戎夷之狀奏焉。是歲、異俗多歸。國內安寧。

(翌年,四道将軍たちは,「地方の敵を平定しました」と報告した。国内は平和になった)

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(6)十二年春三月丁丑朔丁亥、「朕初承天位、獲保宗廟、明有所蔽、德不能綏。是以、陰陽謬錯、寒暑矢序、疫病多起、百姓蒙災。然今解罪改過、敦禮神祇、亦垂教而緩荒俗、舉兵以討不服。是以、官無廢事、下無逸民、教化流行、衆庶樂業、異俗重譯來、海外既歸化。宜當此時、更校人民、令知長幼之次第、及課役之先後焉。」秋九月甲辰朔己丑、始校人民、更科調役、此謂男之弭調・女之手末調也。是以、天神地祇共和享而風雨順時、百穀用成、家給人足、天下大平矣。故稱謂御肇國天皇也。

(ン私は初めてて天位をついで.宗廟を保つことはできたが,光りも届かぬところがある。徳も及ばぬところがある。このため陰陽が狂って,寒さ暑さが乱れている。疾病が起こり,百姓は災いをこうむっている。それをいま罪を祓い.過ちを改めて敦く神祇を敬い.また教えを垂れて荒ぶる人どもを和らげ,兵を挙げて服しない者を討った。だから,官にも廃れた事なく,下に隠遁者もない。教化は行き渡って,庶民は生活をたのしんでいる。異俗の人々もやってきて,周囲の人までも帰化している。こときに当って戸口のことを調べ,長幼の序,課役の先後のことを知らせるべきである。・・・始めて人民の戸口を調べ,課役を仰せつけられた。これが男の調・女の調である。これによって天神地祇ともに和やかに,風雨も時を得て百穀もよく実り,家々には人や物が充足され,天下は平穏になった。そこで天皇を誉めたたえて「御肇国天皇」という)

☆ 「戸籍を調査し,税金を課す理由(正当性)を書いている。全国支配の理由付け」の盗用か。

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(7)十七年秋七月丙午朔、曰「船者天下之要用也。今海邊之民、由無船、以甚苦步運。其令諸國、俾造船舶。」冬十月、始造船舶。

(船は天下の大切なものである。いま海辺の民は船がないので献上物を運ぶのに苦しんでいる。それで国々に命じて船を造らせよ。初めて船舶を造った)☆ それまでに世の中に船がなかったことは考えられない。

☆ 「献上物を運ぶための船」のみ許可されたのではないか?船は戦争の道具としてもつかえるので,普通なら支配者は被支配者に作らせたくないと考える。その命令の盗用か

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(8)六十年秋七月丙申朔己酉、群臣曰「武日照命一云武夷鳥、又云天夷鳥從天將來神寶、藏于出雲大神宮。是欲見焉。」

(武日照命の天から持って来られた神宝を,出雲大神に収めてあるのだがこれをみたい,と言われた。)

☆ 出雲ではこれに関してトラブルが発生。なので天皇は勅して鏡を祭らせなさった。(2)と関係がある話かもしれない。

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(9)六十二年秋七月乙卯朔丙辰、曰「農、天下之大本也、民所恃以生也。今河內狹山埴田水少、是以、其國百姓怠於農於農事。其多開池溝、以寛民業。」冬十月、造依網池。十一月、作苅坂池・反折池。一云、天皇居桑間宮、造是三池也。

(農は国の本である。人民のたのしみとして生きるところである。今,河内の狭山の田圃は水が少ない。そこでその国の農民は農を怠っている。そこで池や溝を掘って,民のなりわいをひろめよう)

☆ 「農は国の本である」という原型に+近畿の池の名をはめ込んだのではないか。盗用と考える。

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なかなかはっきりしないものが多いが,(5)については「古事記」には1回も「畿(みやこ)」という言葉が出て来ないということを調べたことがあったので,これは明らかに九州王朝系史料からの盗用と思った。

他のものも,九州王朝系史料+近畿王朝の内容で,事実をぼかしていると考える。

神武の「詔」から崇神の「詔」の10個は,主語有無がそのまま使えるのではないか。(主語の省略 → 九州王朝の天皇が主語)

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コメント

おお!
訳がついてこれなら読めるね!
読んでみよう!

翔空さんへ
コメントありがとうございます。

ぜひ読んでみて下さい。
九州王朝の業績 → 近畿王朝の業績 
の秘密を「詔(みことのり)」の使い方で解明しようとしています。

肥沼さんへ

 詔の再検討。お疲れ様です。
 肥沼さんの結論はすべの詔が九州王朝の史書からの盗用とのこと。
 だがこれは、詔に主語がない という表記上の事実に依拠したもの。

 私が神武紀の詔を九州王朝の史書からの盗用とした理由は、主語有無だけではなく、
 この詔が古事記には存在しないという事実からだ。

 だから崇神紀の詔が盗用か否かを判定するには
1:前後の文との関係で、詔の主体が天皇(=近畿大王)と理解できるかどうか
2:古事記にこの詔があるかどうか
 の二つを使って判定する必要があると思う。

 今回肥沼さんがやったのは1だけ。しかもすごく不十分だ。
1の詔。これは単独の文で前後とは無関係なので、盗用の可能性大。古事記にはあるか?
2の詔。この詔の直後に「於是、天皇乃幸于神淺茅原、而會八十萬神、以卜問之。」と天皇と主語が明記された文が続いているので、これは近畿天皇家の出来事で、大王の言=詔としたもの。これは古事記にはあるのかな?
 大物主=大国主と考える根拠はあるのかな?ないと思うが。
3・4・5の詔。これは一連の記事。
 4は近畿の将軍を派遣した記事に続くものなので、主語はないが近畿大王と読むことはできる。
 3には四方に将軍を派遣すると言っているが、実際に送ったのは、北陸道・東海道・西海道の三つ。丹波が方面ではなく一つの国。
 5にはご指摘のように「畿内」という特殊用語が使われている。そしてこの対語が「海外」だ。畿内とは天子が治める直轄領のこと。海外は文字通り外国。 
 3・5の詔は九州王朝の詔の盗用の可能性大。丁度九州王朝が四道に将軍を派遣し畿内を平定したが、まだ海外は平定していないとの詔を伴う記事があったので、二つの詔を盗用し、「丙子、將軍等共發路。」との将軍進発記事と、「十一年夏四月壬子朔己卯、四道將軍、以平戎夷之狀奏焉。是歲、異俗多歸。國內安寧。」も根こそぎ盗用して、近畿天皇家が河内・丹波を平定し、さらに北陸・東海・西海の平定に向かった記事と合体したか。
6の詔。これは詔だけではなく記事全体の盗用の可能性大。詔に主語がないだけではなく、それ以後の「秋九月甲辰朔己丑、始校人民、更科調役、此謂男之弭調・女之手末調也。是以、天神地祇共和享而風雨順時、百穀用成、家給人足、天下大平矣。」の記事にも主語がない。
 すなわち「故稱謂御肇國天皇也。」の天皇は九州王朝の天皇であって崇神のことではないとの結論になる。
7の詔。この記事も独立した記事ですべて主語がないから、九州王朝の記事の盗用の可能性大。古事記にある?
8の詔。ここも記事全体が九州王朝史書からの盗用の可能性大。出雲と筑紫にある朝廷との神宝を巡るやり取りだからだ。そして朝廷が出雲に送った使いの名が「一書に曰く」と書かれているように、九州王朝の史書からの盗用であることを直接物語っている。この出雲大社の神宝を巡る話。古事記にはないと思うが?
9の詔。これも記事全体が九州王朝史書からの盗用の可能性大。その証拠がこの時天皇がいた都の名を「一云」として記録していること。これは九州王朝史書からの盗用だ。多分この話も古事記にはないと思うが?

 私の結論は2・4は近畿大王の言葉を詔としたもの。
 これ以外の7つは全部盗用。

 一度全部古事記にこの話があるかどうか確認してみて。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉  だから崇神紀の詔が盗用か否かを判定するには
1:前後の文との関係で、詔の主体が天皇(=近畿大王)と理解できるかどうか
2:古事記にこの詔があるかどうか
 の二つを使って判定する必要があると思う。

現代語訳を写すのに時間をとられ,2をやっていませんでした。
今「古事記」で確認してみました。

(1)なし
(2)大物主大神が夢に現われるという話はあり。
(3)共通詔
(4)共通詔  大彦を越に遣わすという話はあり。
(5)共通詔
(6)最後に出て来る内容がそれにあたるかも。
(7)なし
(8)なし
(9)池の名は出て来るが,「農は国の本である」はない。男の調・女の調あり。

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