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2021年7月 9日 (金)

「詔(みことのり)」探し

全文検索をすると,「日本書紀」の中には400ほど登場しているのがわかる。

たくさん「詔」が出て来る天皇もいれば,1回も出て来ない天皇もいる。

前に全文検索をしてみたことがあったのを思い出し,リンクしてみました。

【日本書紀の中の375回の「詔」の分布】

http://koesan21.cocolog-nifty.com/dream/2018/11/post-336f.html

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これらを1つ(あるいはひとかたまりずつ検討していく話が今出ている。

サイトは「多元的古代・多目的コーナー」を使う予定である)

http://koesan21.cocolog-nifty.com/keishou/2021/07/post-b7b367.html

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今「詔」が何天皇のところにどんなふうに出て来るか調べている。

旅行に出る時,地図があった方が見通しがきくタイプので,

いきなり飛び込んで数回でダウンしないためにも調べてから始めたい。

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Img_0949

原文・読み下し・現代語訳をうまく使い分けながら,

何んとか先へ進んで行きたいです。

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古田史学」カテゴリの記事

コメント

肥沼さんへ

 なかなか始まらないのでどうしたのかと思っていました。

>今「詔」が何天皇のところにどんなふうに出て来るか調べている。
 なるほど全体の見取り図を作ってからね。

 2018年にやった時肥沼さんは次のようにまとめました。 少し補足します。
>① 天武 63回
➁ 持統 51回
③ 孝徳 45回
④ 欽明 44回
⑤ 雄略 19回

 この頻度の多さの理由を私は
>欽明紀は朝鮮半島との交渉が激しく、任那を巡って新羅百済加羅と入り乱れた戦いの時期。
孝徳紀は、中国との対抗を控えて列島統一に向けて国政改革が進んだ時期。
天武・持統紀は、白村江の敗北と九州王朝の事実上の崩壊を受けての列島の再編成の時期。

 次々と詔を発して体制を作っていかないと持たない時期だった。
 としました。

 では5番目の19回の雄略はなぜ?
 そして6番目の垂仁14回はなぜ?

というようにそれぞれの紀がどんな記事で満たされているかを考えれば、詔が多い背景はわかりますね。

 できればそれぞれ詔の多い紀の中で、
1:天皇詔・・・と主体が近畿の大王だとわかる詔がいくつあるか
2:詔・・・・・・と主体が省略されているが前後から近畿の大王が主体とわかる詔がいくつあるか
 を調べて、
 九州王朝の詔を盗用した可能性のある詔の数
 を算出すると、全体の見取り図は、さらにわかりやすくなると思いますね。

 では頑張ってください。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉 では頑張ってください。

7月は準備に充てたいと思います。
首を長くしてお待ち下さい。
毎日少しずつ進めていますので・・・。
(「詔」の位置を探すのにも苦労しています)

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