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2021年7月30日 (金)

武烈天皇 ~ 「日本書紀」と「古事記」の大きな違い

「日本書紀」における武烈天皇は暴虐で淫乱なとんでもない扱いを受けている。

それは本当のことだったのだろうか?・・・それは実際のところわからないのだが,

1つだけ言えることは,「日本書紀」はそう思わせたかったということだ。

次の天皇である継体天皇は,他の地方の人で,家系的につながりが薄すぎる。

(応神天皇の5世の孫。「そんなの関係ねえ~」と言われそうな感じだ)

また,なかなか大和に入れないこと20年にしてようやく入れたのだ。

その天皇の即位を認めさせるには,「よほどいい人格の人だ」とわかってもらう」か,

または「前の天皇がよほどひどい人格の人だった」と信じさせる必要がある。

「武烈紀」における武烈天皇の暴虐さと淫乱さは,筆舌に尽くしがたい。

戦前はその部分はカットされたという。

しかし,血筋の薄い天皇を認めさせるには,演出としては絶好である。

「そんなひどい天皇なら,交代も仕方がないかもね」と思うからだ。

では,「古事記」においては,武烈天皇はどう描かれているのだろう。

岩波文庫「武烈天皇」の項には,6行だけ書いてある。

要は,「子どもが(跡継ぎ)ができず,淡海国から継体天皇を迎えた」ということだ。

暴虐でも淫乱でもないのに,ひどい扱いを受けたものだ。

いまなら「日本書紀裁判」で,名誉棄損で訴えられるところだ。

しかし,「本人(武烈天皇)死亡により,本件棄却」となると思うが・・・。

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Img_1179

なお,ONライン(九州王朝 → 近畿王朝)以前の話だから,

事実は,武烈大王から継体大王への「人事移動」ということになるだろう。

当然,継体天皇を呼び寄せた張本人は,九州王朝だ。

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