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2021年7月23日 (金)

境川は,2つの王朝の「国境」の川だった!?

今回,古代のある時点においては,「2つの王朝の国境が須磨にあった」という仮説に出会えた。

境川,須磨の関守,関守稲荷神社,という地名等にもその痕跡が見られる。

これは今後「古事記」「日本書紀」を読み解く際に,大きな味方となるだろう。

また,後の時代には「国境は移動する」ということがあり,

続日本紀に豊予海峡に国境あったと思われる記事が出てくる。

(佐賀関という地名が残っていますね)

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愛媛県佐田岬(右側)と大分県関崎(左側)に挟まれる豊予海峡

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