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2021年4月26日 (月)

飛鳥寺と飛鳥大仏 解説書

今川瀬さんが飛鳥寺の三金堂とまつられた仏像について追っておられます。

私も何か参考になればと思い,検索しているうちに

「飛鳥寺と飛鳥大仏 解説書」ていうわかりやすいサイトが見つかりました。

リンクしておきます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【飛鳥寺と飛鳥大仏 解説書】

https://asukamura.jp/youtube/asukadera.pdf

Img_0171

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

このサイトで気になったのは,以下の文章でした。

「飛鳥寺の場合は、塔と中金堂に壇正積基壇、東・西金堂は同時代に建てられたにもかかわらず、
塔・ 中金堂とは異なった乱石積基壇が採用され、さらにその外側にも段が設けられて、二重に基壇
が造られていたのです。」

また,この少し前のところに,謎めいた説明もあります。

「飛鳥寺の伽藍配置は、一塔三金堂をもつ「飛鳥寺式伽藍配置」とよばれ、その起源は清岩里廃寺
( 高句麗 ) や王興寺( 百済 ) に求められるのではないかという考え方がありますが、飛鳥寺と全く同じ
伽藍配置をもつ寺院は、現在のところ他にありません。
また、伽藍地 ( 堂塔や門が建つ敷地 ) は、寺域の中心で
はなく、西南部分に偏っているため、伽藍の中軸線も寺域
全体の西寄り3分の1に位置しています。
 飛鳥寺式伽藍配置をもう少し詳しくみると、中軸線上に
南から南門・中門・塔・中金堂・講堂が一直線に並び、さ
らに西金堂と東金堂が、塔を正面にして対称に配置されて
います。中門から左右に続く回廊は、中金堂の背後で閉じ、
講堂はその北側に配置されています。門は南門と西門が確
認されていますが、通常は南門が大きく造られますが、こ
こでは西門が南門に比べて規模が大きいことが特徴です。
 また、西門の前には、中大兄皇子と中臣鎌足が出会った
「飛鳥寺の槻の木の広場」だと考えられている空間が広がっ
ています。そして、寺域東南部には、礎石建ち建物が確認 図 2 飛鳥寺の伽藍配置8
されており、これは『続日本紀』や『日本三代実録』、あるいは『類聚国史』にみえる道昭 (653( 白
雉4) 年に唐に渡って玄奘三蔵に師事し、後に帰国した僧 ) が建てた東南禅院ではないかと考えら
れています。」

大阪には四天王寺(四天王寺式)がありますが,「南門より西門が大きい」と聞いたことがあります。

飛鳥寺は,まだまだ謎を持っているように思いました。

 

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コメント

肥沼さんへ

 「気になった」で終わりにしないで、いろいろな知識を動員して謎をといてみませんか。

1:塔・中金堂と西金堂・東金堂の基壇外装が違うなぞ
 「同じ時につくられたのに」と解説にありました。
 この謎を解くヒントは
 a 基壇外装の歴史
 b  飛鳥寺の歴史  だと思います。

2:通常南門が一番大きいのに、西門が大きい謎
 この謎のヒントは
 a 仏教思想では西はどのような意味を持っているのか
 b 飛鳥寺の伽藍中軸線の方位 だと思います。


ところで
3:中金堂・西金堂・東金堂の本尊は何であったのかという謎
 のヒントは見つかりましたか?
  

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉  「気になった」で終わりにしないで、いろいろな知識を動員して謎をといてみませんか。

1:塔・中金堂と西金堂・東金堂の基壇外装が違うなぞ
 「同じ時につくられたのに」と解説にありました。
 この謎を解くヒントは
 a 基壇外装の歴史
 b  飛鳥寺の歴史  だと思います。

2:通常南門が一番大きいのに、西門が大きい謎
 この謎のヒントは
 a 仏教思想では西はどのような意味を持っているのか
 b 飛鳥寺の伽藍中軸線の方位 だと思います。

川瀬さんには「どこがポイントか?」というのがお分かりのようですね。

〉 ところで
3:中金堂・西金堂・東金堂の本尊は何であったのかという謎
 のヒントは見つかりましたか?

残念ながら見つかっていません。
川瀬さんは見つかりましたか?

〉 ところで
3:中金堂・西金堂・東金堂の本尊は何であったのかという謎
 のヒントは見つかりましたか?

残念ながら見つかっていません。
川瀬さんは見つかりましたか?

 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A3%9B%E9%B3%A5%E5%AF%BA
になかなか興味深い記述がありました。
創建当時のそれぞれの金堂に何が祀られていたかの記録はないようですが、
少なくとも12世紀にはそれぞれの金堂に何が祀られたかの記録があるようです。

基壇外装の件。
武蔵国分寺でも金堂と講堂と塔とで基壇外装が異なっていましたね。
たしか金堂と塔が乱石積み、講堂が瓦積みでした。
基壇外装は時代による流行り廃れもあるし、地域の特色もある。これがわかっていると基壇外装だけでその建物がいつの時代か推定できるわけです。
基壇外装の種類は
 乱石積基壇・・・・・・・・・・・・・横穴式石室の古墳で使われていた技術の応用。
 瓦積基壇・・・・・・・・・・・・・・朝鮮百済で6世紀中頃以後使われた様式
 塼積基壇・・・・・・・・・・・・・・寺院では少ない。平城宮にいくつも使われている。
 木製基壇・・・・・・・・・・数は少ない。聖武朝の恭仁京の朝堂院は木製基壇。
 切石積基壇・・・・・・・・・7世紀ごろ朝鮮半島から入った最新式基壇。薬師寺はこれ。
 壇正積基壇・・・・・・・・7世紀中頃から使われ8世紀に流行。
の6種類だったと思う。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

ウィキべディア「飛鳥寺」だけでも,興味深いものがありますね。
今の飛鳥大仏の前の仏像は何だったのか?
台座が石だけに,弥勒石仏の可能性も!
通説でもいろいろなものがあり,まだ決着をみていない。

〉 基壇外装は時代による流行り廃れもあるし、地域の特色もある。これがわかっていると基壇外装だけでその建物がいつの時代か推定できるわけです。

このところ軒丸瓦に気持ちが行っていましたが,
以前基壇外装を考えたことがありました。
ありがとうございます。復習しておきます。

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