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2021年4月28日 (水)

「基壇外装」の復習

このところ「軒丸瓦」のことを考える時間が多かったので,

すっかり脳みそから離脱していたが,

「基壇外装」にもその時期によってはやりすたりがあったり,地域の特徴もあるということを

川瀬さんから「飛鳥寺と飛鳥大仏 解説書」へのコメントで指摘していただいた。

学びて時にこれを倣う。また愉しからずや。(笑)

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基壇外装は時代による流行り廃れもあるし、地域の特色もある。これがわかっていると基壇外装だけでその建物がいつの時代か推定できるわけです。
基壇外装の種類は
 乱石積基壇・・・・・・・・・・・・・横穴式石室の古墳で使われていた技術の応用。
 瓦積基壇・・・・・・・・・・・・・・朝鮮百済で6世紀中頃以後使われた様式
 塼積基壇・・・・・・・・・・・・・・寺院では少ない。平城宮にいくつも使われている。
 木製基壇・・・・・・・・・・数は少ない。聖武朝の恭仁京の朝堂院は木製基壇。
 切石積基壇・・・・・・・・・7世紀ごろ朝鮮半島から入った最新式基壇。薬師寺はこれ。
 壇正積基壇・・・・・・・・7世紀中頃から使われ8世紀に流行。
の6種類だったと思う。

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飛鳥寺の場合,以下の記述がありました。

塔と中金堂に壇正積基壇、東・西金堂は同時代に建てられたにもかかわらず、
塔・ 中金堂とは異なった乱石積基壇が採用され、さらにその外側にも段が設けられて、二重に基壇が造られていたのです。

素直に考えると,「塔と中金堂」と「東・西金堂」は,何らかの事情で別の基壇外装を用いているということですね。

それを私は,「飛鳥大仏の台座が石のものだという情報」も合わせ,もともと乱石積みで作られていた基壇外装が,

塔と中金堂にそれぞれ飛鳥大仏と「塔下への宝物」を入れるために改築したのではないかと妄想し始めました。

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※ 久野説では、飛鳥寺中金堂跡に現存する本尊台座が石造であり、この台座が創建時から動いていないことから、その上に安置されていた仏像も石造であったと推定する。(ウィキペディア「飛鳥寺」)

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