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2021年3月12日 (金)

東偏の飛鳥寺式は,正方位の飛鳥寺式より古いはず

「論理の導くところへ行こうではないか。

たとえそれがいかなる所に至ろうとも」(ソクラテス)

これは古田さんがよく引用する恩師・岡田甫(はじめ)さんの指導であった。

そのことばを胸に,古田さんは古代史研究を進めて行った。

本日の川瀬さんとのやりとりの中で,私たちは次のような仮説に至った。

「飛鳥寺式伽藍配置は,これまで大和の飛鳥寺の専売特許だった。

それゆえ,大和が仏教のスタートの地であるという錯覚に陥っていた。

しかし,再開された多元的「国分寺」研究の中で,薩摩国分寺が飛鳥寺式であることを,

そして,椿市廃寺の検討の中で,飛鳥寺の正方位の飛鳥寺式伽藍配置に先行する

東偏の飛鳥寺式伽藍配置があるのではないかということに思い至った。

それは,九州の地にだ」

もちろん,椿市廃寺が全面発掘されるのが一番手っ取り早い証明となるが,

今後の多元的「国分寺」研究をする中でも,東偏の飛鳥寺式が発見できる可能性はある。

この仮説をもとに,さらに前に進みたい。

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椿市廃寺の伽藍は,四天王式なのではなく,東偏の飛鳥寺式ではないか?

つまり,塔を囲む「東金堂」「中金堂」「西金堂」があったのではないか?

(東西の金堂は,まだ発掘されていない)

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