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2021年2月12日 (金)

国分寺についての川瀬さんの3つの論考(川瀬さん)

2016~2017年の早い時期(多元的「国分寺」研究サークル立ち上げが,2016年1月)に,

すでに川瀬さんが書かれていた3つの論考を紹介します。

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1:武蔵国分寺研究第十三弾。聖武天皇一周忌までに完成した「国分寺」26ケ寺伽藍の再検討第三回。南海道編。

http://kawa-k.vis.ne.jp/2017122musasi2-9-3.pdf

2:武蔵国分寺研究第十二弾。聖武天皇一周忌までに完成した「国分寺」26ケ寺伽藍の再検討第二回。山陽道編。

http://kawa-k.vis.ne.jp/20161211musasi2-9-2.pdf

Img_9232

3:武蔵国分寺研究第十一弾。聖武天皇一周忌までに完成した「国分寺」26ケ寺伽藍の再検討第一回。北陸道・山陰道編。

http://kawa-k.vis.ne.jp/20161121musasi2-9-1.pdf

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4の「西海道編」が揃えば,全部揃うようです。

ぜひ本当の「国分寺の歴史」のために,執筆をお願いいたします。

あと,東偏5度というのは,例の「東偏5度」(九州王朝が中国南朝の合わせたもの)なのでしょうか。

 

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古田史学」カテゴリの記事

コメント

肥沼さんへ

>ぜひ本当の「国分寺の歴史」のために,執筆をお願いいたします。
 これについては前のスレッドに書きました。
 私の「古代史論集ー古田武彦を超えて(仮題)」執筆の一環です。

>あと,東偏5度というのは,例の「東偏5度」(九州王朝が中国南朝の合わせたもの)なのでしょうか。
 南朝というより、後漢と魏に倣ったのだと思います。
 倭国が使節を最初に送った、後漢の都洛陽と、次の魏の都洛陽は同じ都市で、これが東偏5度なのですから、これが中国の標準と考えれば、倭国の官衙や寺院や宮殿は東偏5度に設定されたでしょう。

 南朝の都は東偏25度ですね。
 だから東偏25度のものも日本にあるのではないでしょうか。

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