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2021年2月20日 (土)

「国分寺」の塔基壇カードを並べてみる

昨日までに塔の規模が分かっているものを37枚作りました。

長さにして3倍の違い,面積にしたら9倍の違いという結果でした。

ここで「もしかしたら,ミニチュアで作った国もあるかもしれない」なんて思いました。

写真で紹介したいところですが,今それができません。(取り込めない)

なので,長さの紹介をしたいと思います。(  は「古式の国分寺」=塔が回廊の中にあるものです)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

25m~肥前(ホントかな?)

24m                     → 東大寺24m(「七」の瓦)                     

23m

22m                   

21m

20m~備後相模・備前・伯耆

19m台~上野・河内

18m台~美作・豊後美濃下総

17m台~筑前伊予讃岐上総甲斐

16m台~下野・駿河・紀伊・武蔵・但馬

15m台~丹波・若狭・出雲・遠江・丹後・因幡・周防

14m台~越後・石見              → 法隆寺の五重塔(約14m。594年の年輪)

13m台~肥後能登・信濃・安芸

12m                     → 法起寺の三重塔(11.7m)

11m

10m~陸奥

9m~筑後

8.6m~薩摩

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

このカードの集合で見ると,17~18mのところが混んでいて,

そのあたりが「古式の国分寺の標準」だったように思われます。

10m以下のものは,とても七重塔の建てられる面積ではないので,

建てたとしてもミニチュアだったのではないでしょうか。

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古田史学」カテゴリの記事

コメント

肥沼さんへ


 たしかにミニチュアの可能性がありますね。
 薩摩や筑後や陸奥など。

 あとは通常の五重塔の基壇の大きさの標準がわかると良いですね。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉 たしかにミニチュアの可能性がありますね。
 薩摩や筑後や陸奥など。

私もそう思います。

〉 あとは通常の五重塔の基壇の大きさの標準がわかると良いですね。 

調べたら,以下の情報がありました。

※北白川廃寺の発掘調査 - 京都市
また,塔基壇は一辺約 14m の正方形で,法隆寺五重. 塔基壇とほぼ同規模です。

肥沼さんへ

 肥沼さんは国分寺の塔が、8世紀中頃に聖武詔によって七重に改造または新造されたものだということを失念していますね。
 つまり奈良時代中頃の技術で作られたもの。
 この表で、この国分寺塔と同時代なのは東大寺の塔の24メートル。七重とあるが九重の間違い?

 法隆寺の五重塔は心柱の年代からも7世紀初頭までにできた塔。
 東大寺の塔や国分寺の塔とは100年以上も年代が離れている。
 ということは当然その間に技術が格段に進歩したはずだ。
 つまり同じ広さの基壇にもっと高い塔を作る技術が出てきたはず。

 記憶では法隆寺の塔は一層の高さが低く、五重の塔としては寸詰まりに見える塔。
 たとえば東大寺や国分寺の少し前の薬師寺の塔などはすっきりしているね。
 一層が高いのです。薬師寺は三重だが、1・2層に裳階がついているから実質は五重。

 この法隆寺の塔と薬師寺の塔の断面構造図を比べてみれば、一層の高さも、そして柱や梁の木組みが違うと思う。
 法隆寺の塔の基壇の大きさを基準に奈良時代の国分寺の塔の基壇の大きさから層の数を推定してはいけないと思う。

 むしろ法隆寺の塔を基準にするのなら、
 それは九州王朝時代の国府寺の塔の規模を推定するのに使える。
 法隆寺は一辺14m。
 改造後の武蔵国分寺の塔は16m。つまり九州王朝時代は一辺14mの五重塔だったのだろう。

 つまり国府寺時代の塔の基壇の規模は、国分寺時代の塔よりおよそ2メートルは一辺が小さいのではないだろうか。

 そうすると18mから16mの国分寺の塔が、16mから14mと法隆寺とほぼ同じか少し大きい塔となり、小さいほうの13mでも11mとなる。

 法起寺の三重の塔も法隆寺とほぼ同じ時代だから、
 この11mとか10m級は元は三重塔と判断してよいのではないだろうか。

 さらに19mから24mという巨大な国分寺の塔は、基壇の大きさが元より一辺で2m以上拡大された例と見ることができる。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

川瀬さんのご指摘を受け,「7世紀の塔基壇の平均は12mくらい,8世紀は・・・」という言葉を思い出しました。
つまり,17~18mが多い「国分寺」の塔基壇は,七重塔を建てるために基壇を広くした証拠なのでしょう。
なので,8世紀についての注意書きは削除することにします。

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