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2021年2月25日 (木)

泉官衙遺跡Ⅰ期は,東偏。ということは・・・

今再び多元的「国分寺」研究を始めているが,

「伽藍の中軸線の方位・・・東偏=九州王朝時代で6世紀末以前」

というふうに〈方位の考古学〉を活用している。

これで気になるのが,泉官衙遺跡Ⅰ期である。

Ⅰ期は東偏の時代なので,これも「九州王朝の時代で6世紀末以前」となるのではないか?

藤木海著『南相馬に躍動する古代の郡衙・泉官衙遺跡』(新泉社)によると,

Ⅰ期は「7世紀後半~8世紀初頭」ということなので,

1世紀近く遡らせる必要がありそうだ。

(2年前には,謎の軒丸瓦について議論があったが,あれも遡る?)

今回発掘された木柱の年輪年代の測定が待たれる。

郡庁院の建物跡から発掘した木柱について説明する藤木さん

=福島県南相馬市原町区泉寺家前の泉官衙遺跡で2020年11月5日、高橋秀郎撮影

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