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2020年12月17日 (木)

モースの「贈与論」

モース(フランスの社会学者)の「贈与論」の話題が,頭慢ライブに出てきた。

これと直接関係するかどうかわからないが,

気になっていたことが2つあるので,書いておきたい。

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(1)昔うちのアパートに住んでいたKさんは料理が上手かった。

よく「おすそ分けです」と言って,お惣菜をパックに入れて下さった。

母は料理が得意とは言えないので,そのお返しに苦労して,

庭でなった柿や杏子を差し上げていた。

Kさんはレパートリーが豊富で,一戸建てに引っ越した後も母の晩年までそれが続いた。

ついにお返しは息子がスーパーで購入してきた品物にまで及ぶようになった。

私は「その連鎖を断ち切るためには,入れ物を返さなければいいのでは?」と提案した。

Kさんに悪気はなく,アパートのオーナーともと入居者としての関係だったが,

2人ともクリスチャンだったという別なつながり方もしていて,

なかなかやめられなかったのかもしれないと思う。

(2)今年は春から農家の指導で野菜作りをやっていたが,

農家としては「これしか採れないの」と言われたくないのであろう,

天候が良かったこともあって,とても食べきれないくらいの量が採れた。

そして,収穫した後その行き先に困っていた。

もちろん私としても自分で育てた野菜を捨てたい訳ではないので,

とにかく食べに食べた。おそらく例年の数倍は食べただろう。

しかし,やがてそれにも限界が来る。

そこで,私は2軒の居酒屋と知人たち,弟の家にも無料であげることにした。

その時できるだけ相手にプレッシャーを掛けないように配慮した。

「食べられるところだけ食べて下さいね」

「余ったら,捨てて下さって結構ですよ」

「これは無料の「押し売り」ですから,好きな物だけどうぞ」

「私の畑でたくさん採れる」ということは,イコール地域の畑でも豊作なので値段も安いのである。

だから,スーパーでも安価で買える。もらって「ありがたい」のか?である。

もちろん畑で採れたその日に差し上げるので,新鮮なのは保証付きなのだが,

相手がその日に食べたいものかどうかわからないし,

今しがたスーパーで購入した野菜なのかもなしれないし・・・。

(絶対喜ばれるもの・・・とうもろこし,枝豆は鉄板です!)

今年限りでいいかな・・・と思っているのは,こういう苦労(豊作ゆえ)があるからなのです。

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モースの「贈与論」を斜め読みしてみただけだが,

贈与は戦争を防ぐという利点もあるらしい。

ただし,相手の贈り物を拒否すると「宣戦布告」ともとられるので,

「贈与」というのはなかなか難しいのだ。

【マルセル・モースの「贈与論」】

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B4%88%E4%B8%8E%E8%AB%96

 

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