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2020年11月11日 (水)

京都・泉涌寺には,7人の天皇の位牌が「ない」(2)

天武天皇から7人の位牌が「ない」ことは,

「偶然であり,たまたまだよ」という意見の人もいるだろう。

しかし,どうもそうではないようだ。

作家の小林恵子さんが調べたところによると,

天武天皇から7人は,ただ位牌がないだけではなく,

「奉幣の儀」というのもまったく行われていないとのことである。

いわば「先祖供養」の儀式で,これが行われていないということは,

正式の先祖とみなされていないというに等しいらしい。

つまり,天武から7人は近畿天皇家の流れではなく,

光仁に至って,ようやくもとの流れに戻ったと考えられる訳だ。

位牌がない+「奉幣の儀が行われていない」=正式な先祖ではない

ということで,見事に重なるということになる。

そして,その間に正史としての『日本書紀』は書かれ,『古事記』は廃棄された。

(しかし,幸い隠し持っていた人がいたので,鎌倉時代に発見された)

 

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古田史学」カテゴリの記事

コメント

肥沼さんへ

 前のコメントを書いた後、根本的な疑問が出てきたので調べました。
 それは・・・本当に天武系だけの天皇の位牌が抜けているのか・・・です。

 調べてみると何と事実ではない可能性が高いです。
1:天智天皇から大正天皇までの位牌のうち52名しかない。つまり32名ほど抜けている。要するに天武系の天皇だけではないのです。後小松天皇(第100代)以後はすべてある。
 大正天皇は第123代だから後小松以後は24人。この後小松(100代)から天智(38代)の間で32名の天皇位牌が抜けている。つまり天智系の7人以外にも25人抜けている。

2:位牌がこの寺に集められた時期とその時に移された位牌がわかった。
 これは明治9年。宮内省が京都府下の各寺院に奉安されている「尊牌・尊像」を泉涌寺に合併するように指示をだしたから。この背景は皇室の祭祀が神道に変更されて泉涌寺にある御陵もすべて寺の管理から宮内省管理になり、これまでこの寺で仏式の祭祀を行っていたのが出来なくなったことの代わりとして、歴代天皇の位牌をここに集めてこの位牌と尊像奉護料として宮内省が毎年1200円下賜するとしたことによる。
★この時集められた26名の位牌:
 天智・元明・光仁・桓武・嵯峨、淳和(合牌)・文徳・光孝・宇多・醍醐・朱雀・白河・鳥羽・後白河・土御門・後鳥羽・亀山・後宇多・後伏見・花園・後醍醐・後村上・光厳・光明・崇光・後花園天皇。

 この位牌一覧の中に無いはずの元明の位牌があるのが興味深い。

 つまり調査の結論としては
 1:泉涌寺の天皇位牌から抜けているのは天武系7代だけではなく、全部で32名抜けている。
 2:泉涌寺に天皇位牌が集められたのは明治9年。

 ここから導き出される結論は:
 天武系も含めた32名の位牌がないのは、京都市内の寺院にはこの32名の位牌がなかったから。

 つまり意図的に排除したわけではないのです。

 「泉涌寺の天皇位牌で天武系が排除されている」という「事実」自体が作られたものなのです。
 誰によって作られたか。
 天武は天智の弟ではない=天武朝は別王朝 説をとっている人にとって都合の良い「事実」だとおもえたからです。
 最初にこの「事実」を発見した作家の小林恵子氏はこの立場のようですから。

 人の説を自説の根拠にするには、人の説が依拠している「事実」そのものを確認しないといけないですね。

 詳しくは『泉涌寺史;本文編』 赤松俊秀編集代表 法蔵館 1984年 に書いてあるそうです。
 以下のリファレンス記録を参照のこと。
https://crd.ndl.go.jp/reference/modules/d3ndlcrdentry/index.php?page=ref_view&id=1000186521
 

追伸

 32名の位牌がないことについては以下のサイトを参照。
http://adat.blog3.fc2.com/blog-entry-1452.html?sp
★「天智紀」(8):番外編「泉涌寺の尊牌」
真説古代史・近畿王朝草創期編
2010/04/1915:23 0 0
《真説古代史・近畿王朝草創期編》(19)
「天智紀」(8)
番外編「泉涌寺の尊牌」
 というサイトです。

肥さんへ

>天武ー持統ー文武ー元明ー元正ー聖武ー孝謙/称徳
この系統は御先祖様ではないと。

つまり
天智天皇ー志貴皇子(春日宮天皇)ー光仁天皇ー桓武天皇ー平城天皇ー・・・
が御先祖様ということですね。
確かに、光仁天皇・桓武天皇から遡れば「天武ー・・・ー孝謙/称徳」の系統は通りませんね。
つまり、光仁天皇・桓武天皇・・・の系統が泉涌寺に祀る御先祖様を決めた、ということになりますね(「皇位継承」と「ご先祖さま」は別のことだと、それだけのことか)。

川瀬さんへ 山田さんへ
コメントありがとうございます。

(2)の趣旨は,「7人の位牌がないこと」+「奉幣の儀が行われていないこと」の2つです。
これは偶然なことなのかどうか?どうお考えになりますか?

肥さん
偶然ではありません。御先祖さまではないからです。
遡った親達の兄弟姉妹にどんなに偉いさんがいても、御先祖さまではない。ただそれだけのことだと思います。わが家もそうです。
ただ、子孫が居ず無縁になるような場合に、兄弟姉妹の墓を墓域内に建てて供養することは田舎では一般的に多く見られますが、これは例外で御先祖だからではありません。
肥さんの質問には、前のコメントで答えになっていると思ったのですが、念のために再コメントしました。

山田さんへ
コメントありがとうございます。


肥沼さんへ

 7人の位牌がないことは、先に位牌が集められた経緯で明らかにしたように、単なる偶然です。
 つまり明治9年に集めたときになかった。おそらく平城京に都があった時の人々ですから奈良のどこかの寺に位牌があるのかもしれませんが。

 「奉幣の儀」が行われていないということ。
 平安時代においてという限定付きでしたが、どんな史料に基づいてそう判断したか(小林氏)をしらべてないといけないことと、「奉幣の儀」というのが、はたして先祖供養なのか調べないといけないですね。
 私の記憶では、天皇の陵墓に現役の天皇が奉幣するのは、例えば新天皇が即位した場合に、即位を報告するときなのでだと思います。
 確か上皇さんが退位した時や現天皇が即位したときに、行われたはず。
 それも全部の天皇ではなく、たしか初代の神武とそれから幕末の孝明天皇。さらに直近の明治天皇・大正天皇・昭和天皇だったかと。
 それ以外に先祖の天皇の陵墓に奉幣の儀を行うことがあるのだろうか?

 平安時代の天皇はみな桓武系ですから、直接の先祖の重要な人と考えれば、当然天智。そして初代の神武でしょう。
 桓武系の天皇が天武系を先祖と考えていないことは確かだと思います。
 それはどう考えても系統が異なるからです。
 そして桓武は天武系皇統を滅ぼして位についたからです。

 この事実と平安時代に天武系天皇御陵に奉幣の儀がないということは(まだ史料で確認していませんが)一貫した態度でしょう。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

追伸
 先の資料に泉涌寺の天皇位牌は大正天皇までで52名、30数人抜けているとありましたが、その30数人を推定することが可能です。
 すなわち、後小松以後は全部そろっているとある。
 後小松以後=24人。全体で52名。
 だから、後小松以前で位牌がある天皇は 52-24=28人。
 さらに、 光仁以後後小松まで=53人。
 だから光仁から後小松の間、この間で25人ない、ことがわかる。
 天武系は8人だ。その中で元明はあるというのだからないのは7人。
 天武・持統・文武・元正・聖武・孝謙称徳・淳仁。
 したがって泉涌寺の天皇位牌で抜けている天皇はこの7人+25人の32人。

 先の京都諸寺からの献上位牌で(桓武以後・後小松以前で)抜けている天皇は。
  平城・仁明・清和・陽成・村上・冷泉・花山・三条・円融・一条・後一条・後朱雀・後三条・堀河・崇徳・近衛・二条・六条・高倉・安徳・順徳・仲恭・後堀河・四条・後深草・伏見・長慶・後亀山・後光厳・後円融
 30人。
 ここから北朝天皇の直接の直近天皇(後深草・伏見・後光厳・後円融4名が宮中にないわけないので)を除外すると26人。
さらに四条はこの寺に陵墓があるのだから当然位牌はあると考えると25人。
 これでぴったりだ。

 すなわち抜けている25人とは、
 平城・仁明・清和・陽成・村上・冷泉・花山・三条・円融・一条・後一条・後朱雀・後三条・堀河・崇徳・近衛・二条・六条・高倉・安徳・順徳・仲恭・後堀河・長慶・後亀山 の25人だ。
 なんと平安時代の天皇が20人もない。
 そして鎌倉時代の天皇が3人。
 そして南朝の天皇が2人。
 この事実は、この位牌がとりあえず見つかった位牌を集めただけのものという性格であることを示しています。

 こうした位牌の欠如の全体像を見ないで、「天武系が7人ない」という事実の一部を切り取って見せて、これこそが天智と天武は兄弟ではないし別王朝だとの説の根拠にするとは、小林氏以後の論者はいかにいい加減だということがわかります。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

全天皇(125人)を一覧表≒グラフにしてみました。

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