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2020年11月27日 (金)

「天寿を全うする」という言葉と二倍年暦

60歳・・・還暦

70歳・・・古希

77歳・・・喜寿

80歳・・・傘寿

88歳・・・米寿

90歳・・・卒寿

99歳・・・白寿

100歳・・・百寿

ここまでは何とか思い出せたが,「ウィキペディア」には,なんと!

250歳・・・天寿

という情報が出ていた。

【ウィキペディア「天寿」】

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E5%AF%BF

長生きをした人を「天寿を全うした」とよく言うが,

実際に「250歳」と書いてあるのは初めて見た。

「そんなバカな!」と思うが,古田史学に関わっている人には,

ひょっとしてこれは「二倍年暦」か?とも思える。

というのは,以下のサイトを見てみたら,120歳くらいまでは「お祝いの名前」が出ているからだ。

【ウィキペディア「年齢」】

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B4%E9%BD%A2#%E5%B9%B4%E9%BD%A2%E3%81%A8%E3%81%9D%E3%81%AE%E5%91%BC%E7%A7%B0

これを2倍すれば,240歳(二倍年暦)→120歳(現在と同じ一倍年暦)で,

お祝いの言葉だけは残存したと考えられる。

もう1つ,もうだいぶ前の話だが,「多元・2001年2月号」に「二倍年暦の実例になるか?」という題で,

滝沢馬琴の随筆集『玄同放言』(吉川弘文館「日本随筆大成・第1期5」所収)に出ている

「第三十二 寿算」という項目の中に出ている長生きな人々のことを書いたことがあった。

三河国宝飯郡水泉村の人たちは,194歳(男性),173歳(その妻),153歳(子。前妻の子か?),105歳(孫)の人がいて,

「享保年間に江戸に出向いてお祝いの米をいただいた」などと書かれていた。

194÷2=97歳

173÷2=86歳半

153÷2=76歳半

105÷2=52歳半

こんな例を知っていると,「天寿250歳(二倍年暦として)」→125歳(一倍年暦)というのは,

奇跡的にはありうるとも思えてくるのだが・・・。

なお,『玄同放言』では,長命の理由として,「三里の灸」や「霊水」をあげている。

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