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2020年10月25日 (日)

「お前に言われたくない」という言葉

上記の言葉は,けっこう使われるかもしれない。

学校では,あまり「言われたくない言葉」である。

「(正しいことはわかっているが,それを)

お前には言われたくない」という風にも響く。

つまり,逆に言うと,「言われてもいい」と思っている

相手もいるということではないか。

金八先生は,生徒たちにお説教するが,

その際「お前には言われたくない」とは言われない。

きっと「金八先生のお説教なら聞いてもいい」ということなのだろう。

仮説実験授業でたのしい授業を日常的に提供できていると,

その恩恵を受けることがよくある(という)。

金八先生と仮説実験授業をあまり結び付けて考えたことはなかったが,

そういう点では共通しているかも。

ただし,大きく違うのは,金八先生は架空の物語だが,

仮説実験授業は実在の授業であり,熱心な先生なら誰でもできるということだ。

(未完)

 

 

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仮説実験授業」カテゴリの記事

コメント

肥さんへ

>「言われてもいい」と思っている相手もいるということ

これは「おまゆう(それをお前が言うか/お前に言われたくない)」という発言の誤解です。
「おまゆう(お前に言われたくない/それをお前が言うか)」は、
「お前にはそれを言う資格はない」(すなわち、「それはブーメラン発言だ」という指摘です。つまり、例を挙げれば、浮気をしている奴が他人に「浮気をするのはけしからん(自分のはロマンス)」という発言をすると「お前に言われたくない/それをお前が言うか(言える立場か)」という反発を「おまゆう」という抗議を受ける場合なのです。
発言者に対して「お前にはそれを言う資格がない」と反発しているだけのことで、「「言われてもいい」と『思っている』相手もいる」と解釈するのは「拡大解釈」ではないでしょうか(そこまでの意味を持たせた発言ではないのです)。

肥さんの意見はシンタックス(構文論)であり、これはセマンティックス(意味論)で解釈しなければならないというのが私の意見です。

山田さんへ
コメントありがとうございます。

〉 肥さんの意見はシンタックス(構文論)であり、これはセマンティックス(意味論)で解釈しなければならないというのが私の意見です。

「いえいえ,私はそんな難しいことを考えてはいません」というのが,私の意見です。

肥沼さんへ

 この件に関しては山田さんの理解が正しいと思います。肥沼さんの議論は誤解です。

 またネット検索したら、この件を哲学的に論じた論文がありました。
 「「お前が言うな」と非難の哲学 : 非難の非偽善性条件を検討する」です。
 2019年 4月 20日に京都大学で開催された応用哲学会第 11回年次大会における同名の発表を改稿したもの。著者は井保和也(京都大学・日本学術振興会特別研究員 DC2)。

 この著者の説は「この言い方は相手を見下しているからだ」というものです。
 つまり指摘されたことは正しいが、自分より下と見ているお前には言われたない。
 という意味だと。
 ちょっと難しいですが面白い議論でした。アドレスを付記しておきます。
 https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/245550/1/cap_11_1.pdf

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉 この件に関しては山田さんの理解が正しいと思います。肥沼さんの議論は誤解です。

山田さんにもお返事しましたが,私はそんな難しいことは考えておりませんので,
よろしくお願いします。


肥沼さんへ

 肥沼さんは山田さんの言っていることを理解していないようですね。
>肥さんの意見はシンタックス(構文論)であり、これはセマンティックス(意味論)で解釈しなければならない
 これ難しくて何を言っているかわからなかったでしょ。

 易しく言い換えると「(日本語は)表面的な文字面で理解しないで、その裏に隠された意味(含意)で解釈しないといけない」です。
 その含意が、山田さんは「お前にはそれを言う資格がない」と反発しているだけ、であり、これが通説です。そして私が紹介した京大の論者の解釈は「相手を見下している」なのです。

 だがどうやってこの含意に到達するか。
 その方法が肥沼さんがとった「あえて言葉の字面で理解する」という方法です。
 あえて通常の理解に逆らって日本語を字面で解釈するという考える方法。 これをやるとすごく深い理解に到達できるのです。
 やってみましょう。

 「お前には言われたくない」ということは、言われても仕方がないと思う人がいるということ。
 ではどのような人なら言われても仕方がないと思うのか。
 これは、自分がやったと同じような間違いや道徳的におかしいことをしない人なら、この条件には当てはまるでしょう。
 ということは逆に考えれば、自分の非を指摘されたくない人とは、自分と同じように間違いを犯したり道徳的におかしいことをしている人という意味になる。
 だから「お前には言われたくない」ということは、お前は俺の非を批判する資格はないという意味が含まれている。
 通常の理解はこうやって到達したわけ。

 だがもう一つ「いわれても仕方がない人」がいます。
 それは肥沼さんが挙げた例でいえば金八先生です。
 つまり自分が信頼し尊敬している人。
 こういう人から自分の非を指摘されたら、黙って首を垂れるしかない。
 こういう人は自分より上の人だ。
 と考えると、「お前には言われたくない」のお前は、私が自分より下と見ている人だという理解が可能です。ここから「見下している相手には言われたくない」という理解が出てくるわけだ。
 肥沼さんは
>金八先生は,生徒たちにお説教するが,
その際「お前には言われたくない」とは言われない。
きっと「金八先生のお説教なら聞いてもいい」ということなのだろう。

 と考察を進めながら、なぜ「金八先生のお説教なら聞いてもいい」と考えるのかとさらに考察を進めれば、京大の論者と同じあたらしい理解に到達していたのです。

 残念でした。あと一歩で「おまゆう」の新しい理解に到達できたのに。

 肥沼さんは割と常識をしらない。
 だから時々常識外の理解に至ることがあり、それが大ホームランとなるのだが、傾向としてはまったくの駄文でどうでもよいことになる。
 これは「意識的に常識と異なる思考法・理解を試している」のではなく、単なる思い付きから動いているからです。

 ぜひ「意識的に常識と異なる思考法・理解を試して」見られれば、もっと多くの新し理解に到達できるkとでしょう。
 
 「漢字」をどう理解するかや、なぜ「駅鈴が篆書体で書かれているか」なども、通説にとらわれないで考察を進めると、すごい理解が出てきますよ。
 

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

私が言いたかったのは,仮説実験授業をやる先生と金八先生の類似点の方なんです。
そして,最終的には「仮説実験授業は,熱心な教師なら誰にでもできる」ということ。
(金八先生は,誰でもなれるという訳にはいきません)
お二人は,それについてはまったく触れておられないですね。

肥沼さんへ

>私が言いたかったのは,仮説実験授業をやる先生と金八先生の類似点の方なんです。
そして,最終的には「仮説実験授業は,熱心な教師なら誰にでもできる」ということ。
(金八先生は,誰でもなれるという訳にはいきません)
お二人は,それについてはまったく触れておられないですね。

 当たり前です。
 肥沼さんの文章は前半と後半が全く別の内容になっているからです。つながりが全くない。
 仮説実験授業ならだれでもできるという内容に重点があるのなら、「おまゆう」についての考察はまったく意味がありません。
 だから表題からは肥沼さんが言いたいことが伝わらないのです。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

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