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2020年10月14日 (水)

「古事記」には,古代官道(東山道・東海道・北陸道)も駅鈴も防人も出て来ない!

昨日の山田さんの「「古事記」には防人は出て来ない」を使わせていただいて,

こういうのはいかがでしょう。

すなわち,近畿王朝の作成した「古事記」には,

古代官道(東山道・東海道・北陸道)も駅鈴も防人も出て来ない!

というものです。

「日本書紀」にはあるこれらのものが「古事記」には出て来ないということは,

これらは九州王朝(倭国)が日本の主権者であった時代に作った建造物や制度で,

それを近畿王朝(日本国)がさも自分たちが作ったかのように装うっている

と言えるのではないかと思います。(「国分寺」についても似たことが言える)

では,「古事記」に出て来なかったこれらの言葉が,次に出てくるのはいつか?

(九州王朝の史書を利用したであろう「日本書紀」は除く)

                ※

【古代官道】771年,武蔵国が東山道から東海道への配置換え・・・「続日本紀」

【駅鈴】701年,大宝年号の建元の2ケ月前に刻み付きの駅鈴を支給した記事・・・「続日本紀」

【防人】なし・・・「続日本紀」

古代官道と駅鈴は「再利用」したが,防人は唐・新羅との対立もなくなり,

首都も近畿に移動したので「用済み」になったという訳だろうか?

                ※

昨日も書いたが,「日本書紀」にはあるが「古事記」には書いていないもの探しは,

日本古代史の真実を明らかにする強力な武器になると考える。(今は,「全文検索」があるので簡単にできる)

その一例として,「古代官道(東山道・東海道・北陸道)」「駅鈴」「防人」をあげてみた次第である。

Photo_20201014045101

東山道武蔵路の遺構(東の上遺跡・埼玉県所沢市)

 

 

 

 

 

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