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2020年10月30日 (金)

「国分寺」「国分尼寺」とその方位

私は一時期,関東+甲斐+信濃の国分寺を訪問した。

それを方位という観点で,書いておきたくなった。

(僧寺の方位・尼寺の方位)

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信濃国分寺(東偏3度・東偏5度) 甲斐国分寺(東偏・東偏) 

 

   武蔵国分寺(塔は正方位なのに金堂以下は西偏・ほぼ正方位) 

 

     上野国分寺(正方位に近いが建物により数度西偏・不明) 下野国分寺(正方位・正方位)  常陸国分寺(正方位・東偏)

 

       相模国分寺(正方位・正方位) 安房国分寺(不明)  上総国分寺(東偏→正方位・正方位) 下総国分寺(ばらばら) 

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「国分寺」「国分尼寺」の遺構にも,東偏→正方位の痕跡が見られた。

(〈方位の考古学〉によれば,九州王朝が中国南朝の影響を受けて東偏を採用したのは,5世紀半ば〜6世紀後半。

6世紀末からは,隋の影響を受けて正方位となる)

これはかつて,九州王朝が建てた国ごとの僧寺・尼寺か(前身寺院)を利用して,

近畿王朝が741年に出した「国分寺建立の詔」によって「七重塔」を作らせようとした証拠ではないだろうか。

実際にその建築(高さ100メートル以上!?)がうまく完成できたかどうかはわからないけれど・・・。

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※武蔵国分寺・・・多元的「国分寺」研究のスタート~塔と尼寺が正方位なのに,僧寺の金堂以下は西偏7度の謎

Img_8296

※上総国分寺・・・上総国分寺の謎が解けた!〜東偏→正方位に建物を移築した跡を見つける(3つの棟を角度を変えて移築)

※下野薬師寺・・・正方位の建物の下層に東偏の痕跡(この寺には,戒壇院があった。道鏡が配流された)

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