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2020年9月16日 (水)

官衙の様式変更も,「ONライン」の例の1つか

先日“「評制官衙」と「郡制官衙」”(官衙の様式変更)のことを書いたが,

よく考えてみると,7世紀末と8世紀初頭にある「ONライン」の例の1つなのではないかと思った。

つまり,そこを境に日本列島の主権者が交代したのである。

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(1)九州年号→近畿年号(701年,大宝を建元=初めて作った)

(2)評制→郡制(木簡の表記が,8世紀には評から郡へと変更。「郡評論争」の結論)

(3)位を授けるやり方が,701年,冠→位記(叙位を記した文書)に変更

(4)使者を七道(東海・東山・北陸・山陰・山陽・南海・西海道)に派遣して,

今後新令(大宝令)に基づいて政治を行うとした(701年。大宝律は,翌年2月)

(5)新しい国印の見本を頒布した(701年)

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続日本紀には,「初めて」(「始めて」「はじめて」も含む)記事が多いのだが,

内容を見てみると,「日本列島で初めて」というより,

「近畿王朝では初めて」と読んだ方が歴史の真実に近いと言えるだろう。

それまで,とても「なかった」「行っていなかった」とは思えないから。

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Img_7832

「評制官衙」から「郡制官衙」へ

Img_5931_20200917053901

両方の様式を含む,泉官衙遺跡(福島県)は,

「2つの王朝の〈栄枯盛衰〉を刻んでいる

世にも稀(まれ)なる遺跡」なのである。

肥さん的には「国宝」と評価したい。

なぜなら,歴史の真実を解き明かしてくれる

貴重な遺跡だと考えるからだ。

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