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2020年9月26日 (土)

建築様式から見た九州王朝と近畿王朝・訂正版

川瀬さんからのコメントを受けて,

2つの王朝の建築様式の訂正版を書いておく。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(1)まず,九州王朝が長舎で囲むようにした官衙を採用した。

塀と建物兼用のようなスタイル(泉官衙遺跡がこれにあたる)もあった。

(2)九州王朝の時代に定式化(塀で官衙群を囲む様式。

南朝に東偏を学んだとすると,それとともに始まったか)が始まった。

(3)東偏(6世紀後半)⇒正方位(7世紀初頭)という変化もあった。

(3)近畿王朝は最初から定式化・正方位の官衙づくりを進めた。

(大宝律令あたりから?)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私は最初,定式化は近畿王朝の「専売特許」のように考えていたが,

様式もお手本になるもの(九州王朝による定式化)があったと改めるようになった。

川瀬さんのコメントに感謝したい。

だがこれで,泉官衙遺跡が「2つの王朝の〈栄枯盛衰〉を刻んでいる」という主張は,

さらに詳しく明らかにされたと考える。

やはり,泉官衙遺跡の発掘は,当初考えていた以上に素晴らしいものだった。

(ただし,年代比定については〈方位の考古学〉により100年遡る)

Img_5931

 

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古田史学」カテゴリの記事

コメント

肥沼さんへ

>(2)九州王朝の時代に定式化(塀で官衙群を囲む様式。7世紀半ばか)が始まった。

 7世紀半ばとはどのような根拠からいうのでしょうか。
 塀で官衙群を囲む様式である、福岡の長者原遺跡は、明らかに東偏ですから、6世紀末以前であることは確実です。だからこの官衙様式の定式化は、九州王朝が正方位を採用する以前の話です。
 塀で官衙群を囲む様式が7世紀半ばから始まるのなら、正方位で作られたはずです。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉 塀で官衙群を囲む様式である、福岡の長者原遺跡は、明らかに東偏ですから、6世紀末以前であることは確実です。だからこの官衙様式の定式化は、九州王朝が正方位を採用する以前の話です。

なるほど。
そうすると,「6世紀末以前」ということなら,いったいいつ頃にしたらよいのでしょう?
東偏とともに,その定式化も,早い時期に南朝から学んだということになりますかね。

肥沼さんへ
>そうすると,「6世紀末以前」ということなら,いったいいつ頃にしたらよいのでしょう?
東偏とともに,その定式化も,早い時期に南朝から学んだということになりますかね。

 「塀で官衙群を囲む様式」の官衙がいつから始まったか。
 遺跡からは6世紀末以前としか言えません。 これを確定するには、全国の 「塀で官衙群を囲む様式」の官衙の実例を奈良文化財研究所のデータベースで探し、その年代観とともに、方位も考慮して確認しないといけないですね。
 「東偏とともに,その定式化も,早い時期に南朝から学んだということになりますかね。」
 これもいつもの思い付きですが、確定させるには、中国の官衙の様式を調べないといけないですね。

 歴史学は事実に基づかない想像で語ってはいけない。
 ご自分で事実を調べてください。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

私も少しは「中国の官衙の様式」を調べようとしましたが,
それらしいものが見つかりませんでした。

肥沼さんへ
>私も少しは「中国の官衙の様式」を調べようとしましたが,
それらしいものが見つかりませんでした。

 ちょっとネットで検索した位の話でしょ。
 例えば侏儒国民さんが紹介してくれたような、古代官衙を研究した本や論文をどんどん読み進めていくと、日本の官衙と中国の官衙の関係のヒントぐらいは出てくると思いますよ。

 ちょっと唾を付けてすぐわかるような代物ではないです。
 あきらめずに粘り強くこつことやる。

>「塀で官衙群を囲む様式」の官衙がいつから始まったか。
 遺跡からは6世紀末以前としか言えません。 これを確定するには、全国の 「塀で官衙群を囲む様式」の官衙の実例を奈良文化財研究所のデータベースで探し、その年代観とともに、方位も考慮して確認しないといけないですね。

 この作業をこつこつと全国規模でやれば、「塀で官衙群を囲む様式」の官衙の一番古いやつを見つけることができますね。
 まず
1:データベースで「塀で官衙群を囲む様式」の官衙をリストアップする(わかる限りで)。
2:それぞれの官衙遺跡の年代を確認する(通説に依拠したものでよい)。
3:通説の遺跡年代観を方位の考古学で分かったことで補正する。
 
 以上の作業をこつこつとやれば必ず結論にたどり着きます。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

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