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2020年9月30日 (水)

郡山遺跡(宮城県)の場合

奈良文化財研究所のデータベースによると,

存続時期が「7世紀中葉~8世紀初め」とあり,

100年ずらすと「6世紀中葉~7世紀初め」となる。

九州王朝による「東偏」「正方位」の時期とも重なる。

そして,ちょうどこの時期に,郡山遺跡は,定型化されていたということになる。

【ⅰ期はまだ? Ⅱ期は間違いなく】

Photo_20200930140601 

歴史環境として,

Ⅱ期官衙の南西に近接して郡山廃寺が、南東には官人の居宅が存在する。南方の欠ノ上遺跡では、7世紀末から8世紀初頭の竪穴建物が、郡山遺跡のⅠからⅡ期への変化に規制されて方位が変化している(仙台市文報246)。

と記されていた。

※ 宮城県は,「100年ずれ」でしたよね。

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コメント

肥沼さんへ

 早速悉皆調査をはじめたのかな?
>※ 宮城県は,「100年ずれ」でしたよね。
 いちいち人に確認しないで、「方位の考古学」のまとめを参照してください。

 そうか。「まとめ」はまだ書けていない。
 「方位の考古学研究のあゆみ」を読み返せば、「秋田」「岩手」「山形」が150年ずれて、「宮城」「福島」は100年のずれだと明示してある。
 3月22日の秋田県官衙の検討の箇所。

 気になることが一つ。
 郡山遺跡の第一期官衙は、「定型化」官衙なのだろうか。
 その中枢区を見ると、西偏60度の長舎と塀とが一体となったもので「定型化」直前の形式では?
 6世紀中葉の蝦夷地(陸奥国の部分)には、まだ官衙の「定式化」が及んでいなかったということでしょう。
 第二期官衙はまさしく正方位で「定式化」官衙です。7世紀初めですね。
 

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉 気になることが一つ。
 郡山遺跡の第一期官衙は、「定型化」官衙なのだろうか。
 その中枢区を見ると、西偏60度の長舎と塀とが一体となったもので「定型化」直前の形式では?
 6世紀中葉の蝦夷地(陸奥国の部分)には、まだ官衙の「定式化」が及んでいなかったということでしょう。

そうなんです。滝澤誠さんの論文にも,郡山遺跡は出ていないので。

〉 第二期官衙はまさしく正方位で「定式化」官衙です。7世紀初めですね。

これは間違いなく「定型化」ですね。

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