« 【練習試合(2)】楽天VSDeNA | トップページ | マヤ文明で最大の構造物見つかる »

2020年6月 3日 (水)

読売新聞・朝刊・6〜7面の「世論調査」記事

ついに「バチあたり」信じる76%が出ている,

読売新聞の「世論調査」の記事(5/29)を入手しました!

昨夜酒処「まこ」からの帰り道,読売新聞・秋津支店が目に留まりました。

いつも横は通っているのですが,4月からは朝日新聞に切り替えていたので,

なんとなく入りにくい感じもします。

でも,ここで入らなければ「夢ブログ」ではないと思い直し,

自転車を引き返し,「御用の方は2階の事務所まで」という案内に従い,

階段を一段一段昇っていきました。

チャイムを鳴らすと,30代くらいの男性が出て来られました。

「〜ということで,5月29日の朝刊を探しているのですが,取ってありますか?」

するとその男性は,あるコーナーからその日の新聞を探し出してくれました。

「これでしょうか?」と開かれた6〜7面にはまさしく例の「世論調査」が!

「分けていただけますか?」とお聞きすると,「お役に立てるのならどうぞ」と。

やはり,「やらなくて後悔するくらいなら,やって後悔しよう」という教えは,正しかった。

ということで,少々小さいですが,デジカメで撮ってみました。(記事は,6面の下の方)

(写真をクリックすると,拡大します)

Img_7205Img_7206

                                                   ↑ ココらへん

※ 今回調査で「バチあたり」を信じる割合が高かったことについて,

石井研士・国学院大教授(宗教学)は「現代日本人の宗教性は希薄化しており,

伝統的な因果応報論というよりは,社会的不正義や格差などへの不快感の高まりが

他罰的な願望に表れているのだろう」と話している。・・・という解説が載っていました。(肥沼)

« 【練習試合(2)】楽天VSDeNA | トップページ | マヤ文明で最大の構造物見つかる »

ニュース」カテゴリの記事

コメント

肥沼さんへ

 まさに、求めよ!さらば与えられん!! ですね。
 読売新聞の販売店に頼んでみる。やってみれば単純明快な方法。

 ありがとうございます。わざわざ手に入れて頂き。
 できればコピーを送ってください。じっくり検討しますので。

 罰当たりについての宗教学者の解説。「伝統的な因果応報論というよりは,社会的不正義や格差などへの不快感の高まりが他罰的な願望に表れている」。なるほどと思いましたね。
 平成の30年間は深刻な不況の連続と共に、社会的な格差や不平等などが拡大し、これは個々人の努力等では解決しないことなので、こういう考え方が強まったということでしょうね。
 肥沼さんの新コロナが影響したという見解も当たらずといえども遠からずですね。
 この30年間に格差が拡大していたところに、疫病による倒産失業が多発。苦しめられるのは金持ちではなくて社会的弱者ですから、あの傲慢な金持ちや政治家や官僚に罰を与えてくれ!との思いも強まったとは思いますね。

 なかなか興味深い話題でした。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉  まさに、求めよ!さらば与えられん!! ですね。
 読売新聞の販売店に頼んでみる。やってみれば単純明快な方法。
 ありがとうございます。わざわざ手に入れて頂き。
 できればコピーを送ってください。じっくり検討しますので

はい,わかりました。コピーあるいは本物をお送りします。
なんとなく「バチあたり」記事の件が,このまま終わってしまっては後悔すると思い,
ダメ元で寄ってみたら,良い結果が得られました。
「求めよ!さらば与えられん!!」
最後の最後は,やはりアナログがいいのかもしれません。
人間のやることですので。

実は前に駅売りの店に前日の朝刊を尋ねたら,
「そんなこと,できません」と断られてしまいました。
目の前にその売れなかった分が紐でしばってあるのにです。
きっと駅売りは,残部の数も報告させられるのでしょう。
その経験がトラウマになっていました。

駅売りと販売店では,立場が違うので,
一週間程度なら,取っておいてくれる可能性があるということがわかりました。
うれしい発見でした。

肥さんへ
記事は6面ですね(「7面」ではなくて)。
赤枠で囲ってくれていたのでわかりました。

山田さんへ
コメントありがとうございます。

〉 記事は6面ですね(「7面」ではなくて)。

そうでした。新聞は「右開き」なので,右側が6面ですね。
さっそく訂正します。

肥沼さんへ

 先日の宗教学者のコメントの件。
 よく考えたら別の解釈が可能なことに気が付きました。
 宗教学者の論の前提は「現代日本人の宗教意識は希薄化」という、従来唱えられていた学説です。たしか戦後の高度成長期の話。
 しかしここが変わっていると考えると、罰が当たるという考えが広がったのは、宗教意識が強くなったからと解釈することも可能です。
 なぜなら人が神に帰依するのは、世の中が不安定となって通常の生活を維持するのもなかなか難しい時。個人の努力ではどうにもならなくなった時です。こういう時は、人間を超えた絶対的な力にすがろうとするので、新しい宗教が生まれます。
 戦国末期から江戸初期に富士山信仰が生まれ、各地に富士講が生まれた。いつも変わらぬ神々しいその姿に、人知を超えた超越的力を感じたのでしょう。その富士山頂近くの洞くつで修業を積んだ人が、富士山を神として信仰する宗派を唱えた。
 また江戸後期に60年に一度大飢饉が襲い自然災害も増えたのに、年貢は減額されずに一定量取られて(定免法)人々が困窮した時代にも、金光教や天理教、この近くでは丸山教という新宗派が生まれました。
 こうした新宗派が生まれる背景は、困難な時代となって人々が神にすがろうとしても、体制と化していた既成宗教は人々の不安に寄り添おうとしない。こうした状況が背景にあるのです。
 高度成長以後の50年を考えてみれば、オウム真理教(もしくはこれを生んだ幸福の科学や阿含教も)が広まり、サリン事件を生むという大事件がありました。これは日本が中国韓国に抜かれて長い不況からも脱出できないという不安の中で(同時にこれは格差社会の成立でもあった)、不安となった人々に神にすがる傾向が生まれ、だが既存の仏教もキリスト教も神道も何の役にも立たない中で起きたことでした。
 こう考えると特に平成の30年間は日本人の宗教意識が強くなった時期ととらえられます。
 そこに新コロナ禍が襲い、格差社会の恐ろしい実態が暴露され、規制の体制、つまり政治も宗教もなんの役にも立たない中でこの調査は行われたので、神にすがってでも理不尽な社会を変えたいという信仰心が調査に現れたと考えることも可能です。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉  こう考えると特に平成の30年間は日本人の宗教意識が強くなった時期ととらえられます。
 そこに新コロナ禍が襲い、格差社会の恐ろしい実態が暴露され、規制の体制、つまり政治も宗教もなんの役にも立たない中でこの調査は行われたので、神にすがってでも理不尽な社会を変えたいという信仰心が調査に現れたと考えることも可能です。

なるほど,なるほど。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 【練習試合(2)】楽天VSDeNA | トップページ | マヤ文明で最大の構造物見つかる »

2020年7月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
無料ブログはココログ