相模国府と目されている「六ノ域遺跡」
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肥沼さんへ
何をびっくりしているのでしょうか。
びっくりしたということは、国府と国庁の関係がわかっていないということだね。
国府は国々の行政の中心となる町。国庁と関連した官衙、さらに役人などの住居からなる。中には市が開かれていることもある。
国庁はその国府の中心としての役所。
武蔵国府遺跡だって、国庁としての大國魂神社境内遺跡群と、その東西北に広がる多数の遺跡群とで国府域となっている。
国庁の大きさは東西南北100m程度。
国府は東西南北5・600mから1㎞程度。
六ノ域遺跡が相模国庁(部分的には周囲の遺跡に国庁の一部殿舎があるが)で、周囲の14の遺跡を含めた全体が相模国府。
投稿: 川瀬 | 2020年5月 4日 (月) 13:31
川瀬さんへ
コメントありがとうございます。
〉 何をびっくりしているのでしょうか。
失礼しました。まさか川瀬さんがコメントするとは思いませんでした。
他の方たちへの紹介のつもりだったのですが・・・。
「六ノ域遺跡」なんて聞いたことがないと思うので。
投稿: 肥さん | 2020年5月 5日 (火) 07:46
相模の国府は長らく所在不明だったと思いますが、ここは大住郡に所在していたと記録されている国府になりますか?
投稿: あじすき | 2020年5月 8日 (金) 21:24
あじすきさんへ
コメントありがとうございます。
所在地には,「神奈川県平塚市真土字六ノ域」とありました。
投稿: 肥さん | 2020年5月 9日 (土) 09:19