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2020年3月31日 (火)

昔の病気とその克服

川瀬さんのアドバイスに従い,「昔の病気とその克服」ということで取材してみます。

と言っても,ウィキペディア+α の検索・コピペですが・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

★天然痘・・・人類史上初めて撲滅に成功した感染症

https://ja.wikipedia.org/wiki/天然痘

https://ja.wikipedia.org/wiki/天然痘#天然痘の撲滅

★ペスト(黒死病)

https://ja.wikipedia.org/wiki/ペスト#治療

★コレラ

https://ja.wikipedia.org/wiki/コレラ

★スペインかぜ

https://ja.wikipedia.org/wiki/スペインかぜ

★香港かぜ

https://ja.wikipedia.org/wiki/H3N2亜型

 

 

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心と体」カテゴリの記事

コメント

肥沼さんへ

 せっかく掲載してくれたものだが、単にウィキペディアの該当項目にリンクを付けただけとは。
 リンク以外にも
  1;流行時期と場所 2:致死率 3:有効な治療法がいつどこでできたか
 の三項目くらいは箇条書きまたは表にしてくれると、詳しく読んでみようという気も起るものです。

 また長い説明をこうした項目ごとに要約する作業をすると、知識が自分のものになります。 
 単に見ただけ、読み流しただけ、聞いただけの知識は残らない。すぐ忘れてしまう。

 ちなみに1858年安政5年に流行したコレラで死んだ人の中には、私の高祖父斎藤策順七世もいた。越前南部に種痘法を広めた立役者であったが、当時治療法の分からない感染症には無力であったわけ。36歳。15歳で家を継ぎ、祖父が借金で潰した家をわずか10年ほどで建て直した名医だったのに(蘭方眼科)。当時一人息子の修一郎(私の曾祖父)はまだ3歳。父のお蔭でこの地では最も早くに種痘を施されたので天然痘にも罹らず成長したわけだが、とても医者の家を継げるわけもなく、隣家の医師石渡家の息子の一人で策順の妻の従弟である人物(大坂の適塾で塾頭をしていた人)を死後養子として八世策順を継がした。だがこの人もわずか三年後に流行り病で幼い息子を残して夫婦ともに死亡。修一郎はわずか6歳で家を継いだがまだ医学の勉強もしていないので医師とはなれず、主家の温情で、それでも七世八世策順がもらっていた家禄は保証され、将来勉学を積んで医師になることが期待された。

川瀬さんへ
コメントありがとうございます。

〉 せっかく掲載してくれたものだが、単にウィキペディアの該当項目にリンクを付けただけとは。

ウィキペディアの情報だけでも,私の手にはあまるものです。
そこで,私は「興味のある人への橋渡し」のつもりで,リンクを付けました。
ご期待に沿えなくて,どうもすみません。

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