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2020年2月18日 (火)

〈方位の考古学〉の活用例(7)~志波城政庁と徳丹城政庁の比較の図

今朝精査した岩手県の徳丹城という官衙遺跡の報告書には,

「志波城政庁と徳丹城政庁の比較」という素晴らしい図が付いていた。

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図1 志波城政庁と徳丹城政庁の比較

Photo_20200218070101

図2 苦しさのにじむ(?)方位の変更

Photo_20200218071201

 

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何が素晴らしいかというと,

(1)まず同じような規模の東偏の官衙が,同じ東北の地に作られていたことがわかるという点である。

両者の角度の違いはほぼ同じである(東偏6°ほど)。

これだけ似ているということは,同じ勢力が作ったものだということだ。

(2)しかも,徳丹城の方は途中で東偏を止め,正方位に変えていることだ。

東北の岩手県にも九州王朝は侵出していたのだ。

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コメント

宮城の徳丹城???
矢巾町は岩手県ですよ。

翔空さんへ
コメントありがとうございます。

〉 宮城の徳丹城???
矢巾町は岩手県ですよ。

ありがとうございます。間違えていました。
さっそく訂正いたします。

ところで,翔空さんは「徳丹城」の存在をご存じでしたか?
私は今回初めて知りましたが・・・。

そうですね。岩手県出身ですから
というわけではないですが
肥さんのブログから紫波城の跡を訪ねた時に
その一画に紫波城と徳丹城、また秋田城のことが
少し説明があったような気がする。

徳丹城の跡地の現場に行ってませんけれども。

翔空さんへ
コメントありがとうございます。

〉 肥さんのブログから志波城の跡を訪ねた時に
その一画に志波城と徳丹城、また秋田城のことが
少し説明があったような気がする。

おお,そうでしたか。
やはり「一見」した甲斐がありましたね。

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